侯爵家の住人 01


皆さん初めまして。
わたくしレスティ・ハンジェストと申します。
この度、セラトゥーダ侯爵家のお屋敷でメイドを務めさせていただく事となりました。
年は19歳で、仕事を探していたところ見つけましたこの家の特にこれと言った条件もない使用人募集を見てこちらに参った訳ですが。
…わたくし、もう既に後悔の念に駆られております。
とか何とか、こんな言葉遣いで頭の中で話していることで私の混乱具合を見極めて貰いたい。
レスティはその場で頭を抱えたくなるような頭痛を覚えた。



コンコンと控えめに大きな戸をノックする。
レスティの目の前にはとてつもなく立派なお屋敷がそびえ立っている。
白を貴重に質素だが品の良さを醸し出しているような外装だった。
そしてそれを飾る立派な玄関。
レスティはそれに酷く緊張して肩をすぼめた。
…さ、さすが侯爵様のお宅だわ…。
緊張に身体を硬くするレスティを煽るようにギィと重そうな鈍い音を立てて目の前の扉が開く。
思わずシャッキーンと音が出そうなほど背筋を伸ばした。
「どちら様でいらっしゃいますか?」
中から出てきたのは黒髪を後ろに流したまだ年若そうな男性だった。予想年齢25位。
優しげで上品な雰囲気を醸し出すその男性は不思議そうにこちらを見下ろしていた。
その様に思わず後ずさりそうになるが、止まって口内に溜まった唾をゴクッと飲み込んで口を開く。
「あの…、こちらのお屋敷で使用人を募集していると聞いたのですが…」
「えぇ!!」
尻すぼみにそう言うと、男性は歓喜したように目を輝かせた。
思わずレスティは怪しげに見返す。
男性はそれに気がついたのかわざとらしくゴホンと咳払いをした後、優雅に一礼した。
「私はこの屋敷で旦那様の執事をさせていただいております。カイン・クローバンと申します」
同時に出された手の平を慌てて握りながらレスティは口を開いた。
「あ、申し遅れました! 私はレスティ・ハンジェストです」

そんなやりとりを終えて、私は面接を受けるのかと思いきやいきなり屋敷内を案内して貰っていた。
…なぜ?
「……ちらが、居間になります。
 旦那様はお食事は大抵お部屋でお食べになりますのでこちらはお客様がいらっしゃった時以外はここでお食事を取ることはありません」
しかもなんかやたらと、説明の内容が詳しいんですが?
「─あのぉ、クローバンさん?」
呼びかけにレスティの困惑顔に気がついたのかカインはあっと言うような顔をした。
その様子になんだか安心した。
「もし訳ありません、レスティさん。先にあなたのお使いになるお部屋に案内した方が良かったですね」
その視線は私の手にぶら下がった荷物にある。
…って、ちがーうっ!!
「そうじゃなくてですね?面接とか、履歴書とか採用審査とか無いんですか?」
「レスティさんは採用ですよ?」
─…私、まだ名前しか言って無いですよね?
履歴書すら渡して無いはずなんですけど。
「…ここ、侯爵様のお宅ですよね?」
「当たり前じゃないですか」
大丈夫なんだろうか、ここ。
セキュリティーとか。
私の不審そうな顔に気がついたのだろう。
クローバンさんは、とっても困った顔で言った。
「レスティさんが来てくれて助かりました。
 今、人手が足りて無くて。新しい使用人もあまり雇えなかったものですから」
そう言われてみたら、さっきから全然使用人らしき人とすれ違わない。
よっぽど深刻に人手が足りていないのかもしれない。
でも、侯爵家なのに…?
「あの…、つかぬ事をお聞きしますが今このお屋敷にはどれくらいの人が?」
「そうですね…─」
言われた言葉にレスティは眉を寄せる。
だってこの広いお屋敷だ。
庭も、本邸も。
使用人だけでも少なくても30人は居るだろう位には思ってた。
なのに…?
「旦那様を含めてそのご兄弟が5人。
 一昨年ご結婚されました三男のディアン様の妻がお1人。
 その他に私を含めました執事が3人。メイドが全員で7人。あなたを入れると8人。
 料理人が2人。庭師が1人。他に臨時で雇う場合もあります。
 旦那様達の親の大旦那様は一年前にお亡くなりになりました。
 奥様は今の旦那様が小さきときにお亡くなりになっていますので、丁度20人になります。」
ご主人様達を含めて20人って、どういうこと!!?
なんだか行き先が不安になったレスティだった。



大体のお屋敷の中をそれから案内してもらった。
…まぁ、広すぎて覚えられなかったけど?
私の部屋は玄関に近かったから覚えたけど。
そして今は、唯一今、屋敷内に残っているこの家の主人に挨拶しに行くところだ。
人柄は女性には優しいそうらしいので取りあえずは安心。
コンコンとクローバンさんが控えめにノックする。
ここが雇い主の部屋らしい。
「誰だ?」
少し厳しい口調に思わず肩を振るわせる。
「カインにございます。新しい使用人を案内して参りました」
クローバンさんがそう言い終わるか終わらないくらいに勢いよくドアがガチャッと引かれて身体を固まらせるが、次の瞬間には驚きに身を竦ませた。
「キャァ──ッ!! 可愛いじゃないのぉ!」
唖然。
思わず目も口も開けたまま固まってしまった。
すっかり男性かと思っていたが違ったようで、その人はとっても美人さんだった。
鮮やかな黒髪に綺麗な黒の瞳。─…きらきらと玩具を見つけた子供のような目。
何だか、ちょっと嫌な予感がした。
「レスティさん、こちらグレッぶ「グレーナっていうのぉ!ちなみに上から4番目のピチピチの21歳!よろしくねぇ」
「ついでにカインは25歳」とカインさんの口を押さえつけてそう言うグレーナ様にちょっとばかり違和感を感じた。
妙にテンションの高い方だ。
と言うか普通貴族の方はこんなに使用人と話さない。
むしろ使用人が挨拶に回ったりしない。
名前も覚えてもらえない事が多いのに…人数少ないからフレンドリーなのか?
きらきらと返事を待つように見つめられて思わず引きつりながらも答えた。
「…レスティ…と、申します。えっと、19歳です。よろしくお願いします」
そう言うとクローバンさんもグレーナ様(ご主人だから)も驚いたようにあたしの顔を凝視した後ゆっくりと視線を下げて…。
「「…それで」」
その先には私の可愛い平らな胸…って。
「立派な!19歳です!!」
胸を隠して真っ赤になりながら言うと二人は気まずそうに視線をそらした。



←Back || Top || Next→