侯爵家の住人 02


グレーナ様は、気さくな方だった。
…過ぎるぐらいに。
引き留めようとするグレーナ様をグローバンさんが問答無用で部屋に押し込んで、まず荷物をまとめてきてくださいと言われた。
てなわけで、現在今日からお世話になるお部屋に居ます。
「…疑問だ」
やけに雇い主と使用人の距離が近いこともあるけどここに使用人が居ないことが疑問だ。
結構良いご主人じゃないだろうか。
そんなことを想いながら作業すると直ぐに準備が終わった。
元々荷物が少ないのもあったが。
メイド服にも着替えた。
白と黒の一般的な物だ。ただ機能性を上げるためか少しスカートが短い。
フリルはあまり付いていないけど上品で可愛いと思う。
部屋に設置してあった姿見でくるりと一回転して、満足にフッと息を吐き出す。
部屋も結構良い部屋が宛がわれてるし。
ますます、何で使用人が少ないのか謎だ。
しかし、いつまでも悩んでいるわけにも行かない。
使用人用のホールに来るように言われて居るんだった。
そう思ってレスティは部屋のドアをガチャリと開けた。
そして、金色の二つの目と目が合った。
「…誰だ」
その人≠ヘ塗った様な黒髪を寝癖なのか跳ねさせて居て。
服装は白衣。しかし所々黒く汚れていて何処にいたんだという感じ。
そして、視線を下げたその横には付き添うように…─真っ黒な毛並みで鋭く赤く光る目の狼が。
…─狼?
「ひいぃぃぃぃぃっ!!!?」
思わずバッタンとドアを閉めてそこに背を当てて目を見開く。
何で狼?室内に狼?
落ち着くのよレスティ。狼ぐらいあなたの敵じゃないわ!
あの苦労の日々を思い出しなさい!
…ってかあの人誰!?
誰って聞かれたけど一体誰!? 何あの格好!!? 侵入者!?
やっぱりここ人手不足で警備手薄なの!!?
「何だ?どうしたんだ?」
しかもまだ居るっ!!?何故に!?
早くどっか行ってえぇえぇぇぇぇ!!!
「おや?」
その声を聞いてピタッとレスティは動きを止めた。
まさに天の助け!この声はクローバンさん!!その人追っ払ってください!!
「…セルブス様、戻っていらしたんですか」
「…」
一瞬白衣の人が動きを止めたのが分かった。
しばらくしてから「あぁ、そう言うことか」と納得するような声が聞こえてくる。
ちょっとまって?様?この人ご主人なの!!?
「レスティさん、大丈夫ですから出てきてください」
ドア越しにお呼びが掛かって思わず震える。
出ないわけにも行かずにおずおずと身体を出すと真っ正面に白衣の人と狼が居た。
引きつりそうなのを喉で押さえ込んでレスティは言った。
「わ、私今日からここに勤めさせていただきます、レスティ・ハンジェストです。」
何とか言い切った。
そんなレスティを意に関せずカインは笑顔で言った。
「こちらこの家の三男のセルブス様でございます。
 研究者でこの家の地下と別宅に研究室をお持ちでそのどちらかにいらっしゃいます。
 今まで別宅から今日お屋敷にお戻りになりました。
 先ほど言った執事の1人は大抵この方に付いていて助手を務めております」
「まぁ、そう言うことだ。…あぁ」
その人は固定するように頷いた後気がついたように視線をしたに下ろした。
レスティもつられて視線を下ろすが、その先にある物に気がついて固まった。
「こいつはフェンだ。俺の実験中に出てきたから飼ってる。
 この屋敷の人間には噛み付かない様にしてるから大丈夫だ」
「ウォン」
その狼は固定するように鳴いた。
その時に鋭い歯がちらりと光って…。
取りあえず、安心?なのか?害がないなら良いけど。
と言うか出てきたって何だ。って実験って何の実験?
考えてるうちにジッと狼はこちらを見てる。
はっ怖がっちゃダメよレスティ!
なめられたらお終い!
最初が肝心だって忘れてないでしょ!
気合いを入れてジッと赤い目を睨み…─見つめ返す。
双方とも微動だにせず見つめ合う。目を反らしたら負けよ。
「…何してるんですかね」
「さぁな。俺には分からん」
興味深そうにこの状況を見ている二人の声が聞こえたが、取りあえずスルー。
二人は微動だにしない。
狼…─フェンはその真っ赤な目を三日月のようにスッと鋭く細める。
レスティも怯えることなく眼差しを鋭くした。
その二人にしか分からない戦い(?)はしかしフェンによって幕を閉じた。
「って、うわっ!?」
フェンはバッとレスティに飛びかかったのだ。
もちろん、いきなりなことでレスティもカインもセルブスも反応できなかった。
その衝撃でバランスを崩して壁にゴンッと後頭部強打。
いっ!!?
レスティは床に崩れ落ちた。
「…い、たぁーっ…何す、って待って!!?…ちょっくすぐった…」
その上にのしかかってフェンはレスティの顔をぺろぺろとなめ始める。
その巨体は重すぎてレスティがいくら押してもびくともしない。
ちょっとぉ──!?
「何だ、決着は付いたのか?」
「付いたんじゃ無いですか?フェンが随分とレスティさんを気に入った見たいですね。」
廊下で狼に押し倒された女の子とそれを見下ろす男二人。
ってどんな構図だ!
助けろよ、お二人さん!!
しかし、一向にペロペロ続けるフェン。
お前は犬か!!って、犬なのか。
「…ちょ、マジで!…おもっ、内蔵出る!降りなさい!!」
青ざめた顔で、思わず叫べばピタッとペロペロが止まった。
えっと、思わずフェンを見るとこっちを何故かジッとみたまま動かない。
…もしかして?
「フェン、今すぐ私の上から退きなさい」
「ウォン」
なんと、フェンは命令通り私の上から降りた。
良い子にお座りして私の顔をジッとみてる?
…おお?
レスティはスクッと起き上がって、フェンの前にしゃがみ込む。
ジッと、見つめた後おもむろに口を開いた。
「…お手」
フェンは赤い目にレスティの手を映すとポンとちゃんと片手をその上に乗せた。
好奇心で、開いた方の手を出してまた言う。
「おかわり」
フェンももう片方の手をその上にまたポンと乗せる。
パッと、その手を放すと今度は手を頭の上にかざす。
「伏せ」
フェンは言うとおりに伏せした。
おお!!
今度は手をくるんっと回す。
そうしたら、手の指示通りにフェンは仰向けになった。
おおお!!!
お腹を撫でれば甘えるように「クゥン」とフェンは鳴く。
気持ちよさそうに目を細めた顔は可愛かった。
ちょ、可愛いじゃん!!
害がないと分かればこっちの物だわ。
勝負(?)にも勝ったし。
レスティは、密かにガッツポーズをして楽しげにフェンを撫でていた。

「─…主従関係が出来上がったみたいだぞ」
「フェンがあんなに言うこと聞く人初めてじゃないですか?」
カインが感心したように言うと、セルブスは頷く。
「ああ、俺にさえ側には居るが身体に触らせない」
「確かに、屋敷の人間が構おうとしても鼻でフンッと息を吐いて無視されますし」
二人は同時に仰向けにされて撫でられているフェンを見る。
「それが」
「あれですもんね」
ふうっと二人は息を吐く。
何とも息ぴったりのシンクロ具合。
「まぁ、良いんじゃないか?」
「そうですね、今回は保ちそうな気がします」
二人の会話がレスティの耳に届くことは無かった。



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