侯爵家の住人 03


使用人用ホールでレスティはぴくぴくと頬を引きつらせた。
その足には懐かれたのか、何故かフェンがすり寄っている。
目の前にはずらりと並んだおそらくこの屋敷の使用人さん達。その人達は私の足にすり寄るフェンに興味深そうに視線をやっている。
「皆さん、今日から勤めて貰うことになりました。レスティ・ハンジェストさんです」
何ともないようにクローバンさんがそう言う。
…しかし、そう言った瞬間。使用人さん達の顔が一瞬面白い物を見るように輝いたのは気のせい?
カインはそんなレスティを視界に入れたが気にもせずに一番左にいる人に視線をやる。
その視線を受けてその人は一歩踏み出した。
「レスティさん。こちらこの屋敷の料理人のローとカルです。」
そう言われたのは20代後半ぐらいの男性と若い女性だ。ニュアンスからローが男性でカルが女性だろう。
レスティはその二人に顔を引きつらせながらペコリと一礼した。
「初めましてぇ、ローです。よろしくね」
「カルです。ククッ」
否、妙にクネクネとしている男と不気味な女性だ。
ローは、背が高く焦げ茶の短髪。しかし身体の動きがクネクネと女々しい。(何というか、オカマ?という感じだ。)
カルは真っ黒な髪を二本の三つ編みにしていてその長さは腰ほどまである。前髪を長く伸ばしていて顔が隠れて確認できない。
何とも言えない感じに、口元が吊り上がっているのが髪の隙間から見える。(夜中にあったら叫んでしまい様な容姿だ)
…この人達が料理を、作ってるんですか…?
引きつる顔を止めようと必死に真顔を保つ。
「その隣は庭師のデニスです」
次に出てきたのは見た目まともな人。白髪の髪を後ろになでつけた初老の男性だ。
「初めてお目に掛かる、デニスと申します。このお屋敷の庭師を務めさせていただいております。このお屋敷にはかれこれ24年前から勤めております。当時の旦那様と奥様には大変お世話になりまして、現在までこの家のために誠心誠」
「はいはい。デニスさん、レスティさんが目を回しますよ」
「…失礼」
実際私は目を白黒させた。ぺらぺらと捲し立てるように一息で言い続けた。─…無表情で。
一体どう反応したらいいのか。
随分とおしゃべりが好きなおじさんらしい。
「レスティさん、デニスさんの隣に居るのがここのメイド長のエルです。何か分からないことがあればこの人に聞くと良いです」
そう言われた女性は意外にも若い艶やかな黒髪を編み上げた女性だ。─…仁王立ちした。
「エルだ。メイド長をやっている。何か聞きたいことがあれば何でも来ると良い」
随分と、逞しい言葉使いの女性だ。何故に?
ジッとみてくるエルにレスティは小さく「はい」と返事をする。
その答えにエルは満足したように頷くと、フッと笑った。何とも艶のある鮮やかな笑い方で。
「…ふふ、初々しくて可愛らしい。いつでも私の所に来いよ?朝でも昼でも夜でも、な」
ゾワゾワっと、悪寒が背筋を走ったのは気のせいではあるまい。
何?何なの!?今度はレズですか!?
「後はあなたと同じメイドになります」
クローバンさんはやっぱり私を気にしない。
ギィと音が出そうなほどぎこちなく残りのメイドさん達に顔を向ける。
「左からニキ、リン、レイス、シリィ、サヨ、ネータです」
メイドさん達は見事に同時にペコリとお辞儀をした。先礼された動きだった。
「よ、よろしくお願いします」
レスティは、最後声を絞りだしてそう言った。
…ここに使用人が少ないの、もしかしなくても住んでる個性的な人たちに耐えられなかったんじゃ?
ただ、使用人さん達の名前を覚えるのは楽そうだ。
特徴が強烈すぎて。メイドさん達は色で分かるし。
ニキさんは金髪。リンさんは黒に近い青髪。レイスさんは黒髪。シリィさんは薄ピンクの髪。サヨさんは緑髪。ネータさんは赤髪。
よくここまでカラフルですね?という感じだ。
そう言う私も茶髪でメイドの中に新しい色を加えてしまった。

げっそりしている私を見てあまり気にしてないのはやっぱりこの反応になれているからかもしれない。
それよりも使用人さん達が一様にニヤニヤと笑っているのだ。
理解不能。
あぁ、私ここに来てよかったの?
しかし、この時点で私はさらに驚愕の事実が待ち受けているとは全く思っても見なかった。




それは、この屋敷に来て丁度一週間と三日経っていた。
その頃にはもうそれぞれの部屋の用途とか屋敷に飾られている備品の価値、扱い方から細かくいろいろと覚え込まされ個性的な使用人さん達にもちょびっとなじんできた頃だ。
ちなみに私の仕事というと主になぜかグレーナ様のお話相手になってたりする。こんなんで良いのかと頭を痛ませている。
もちろん、違う仕事もちゃんとしてるが。
ちなみに今、私はグレーナ様の部屋から使用済みのティーカップなどを返しに行くところだ。
もちろんそれなりに値が張る物なのではっきり言って冷や汗ものだったりするが、あんまり気にしてたらダメだろと気づいてその認識は意識の外に追い出した。
その時レスティの視界に人影が映った。それは爽やかに進んでくるカインでレスティは思わず顔をうつむけた。
この人は優しげな顔をしているが人をいじるのが大好きなのだとここ何日かで思い知った。
何度、新人教育という大義名分の元で無理難題を押しつけられて事か。
しかも、出来なければ笑顔のまま精神的なダメージを多大に受ける事態になる。内容は…想像にお任せする。
「レスティさん、丁度良いところに。ちょっと頼みがあるのですが」
あぁ、神様。あなたは何て無情なの。
声を掛けられては答えないわけにも行かない。
「…はい。何でしょうクローバンさん」
「大丈夫、簡単ですから。これを地下の研究室に居る」
そこでカインの声を遮るようにして男性の声が響いた。
「あぁ、カイン様。こちらにいらっしゃいましたか」
あれ、誰の声…?
レスティは向かいにいるカインのその向こうへ視線を走らせて首を傾げた。
…誰だろう。見たこと無い人。
そこにいたのは眼鏡の神経質そうな男性で書類を手に抱えてこちらに向かってきていた。
その人物も自らを見ているレスティに気がついて目を瞬かせた。
「おや?そちらは…?」
思ったよりも優しげな響きの声にレスティは安堵して腰を折った。
「初めまして10日前からここで勤めさせていただいています。
 レスティ・ハンジェストです」
そう言うとその男性は一瞬驚いたように目を丸くし、しかし次の瞬間にはにっこりと笑みを浮かべてレスティにお辞儀し返した。
「そうでしたか!
 私はこの屋敷の次男の執事をしております。サリス・クローバンと申します。」
「あ、執事さんでしたか。…ん、クローバン?クローバンさんの親戚ですか?」
レスティは首を傾げてカインへと視線を移した。
その様子にサリスは首を傾げたレスティとしまったというような顔をしているカインを見比べて疲れたようにため息をはき出した。
頭が痛むのかまめかみを押さえて呆れたように「またですか…」と声を漏らした。
レスティはますます訳が分からずに首を傾げ首を捻る。
「?」
なんだ?何?どういう事?何がまた?
「レスティさん、違いますよ。この方と私目に血のつながりは一切ございません」
「あれ?でも、クローバンって…」
レスティがそう呟くと、サリスは心底疲れたように言葉を落とした。
それはもう、衝撃的な。
「この方はこの屋敷の次男であるカイン・セラトゥーダ様です」
あぁ、そうなんだ。
クローバンさんってここの次な…─次男?
「はぁ!?」
思わず叫び声を上げるとサリスさんは深々とため息をはき出して「主のお戯れ、もし訳ありません」と謝罪してくれていた。
しかしレスティは目を丸く見開いてサリスとカインを交互に見る。何度も。
その様は一瞬で混乱していることが伺えた。
まてまてまて!!
クローバンさんが次男!?ッてことは雇い主だったって事!?
クローバンさんじゃなくてセラトゥーダさん!?あ、違うカイン様?
じゃなくあれ?執事じゃないくてそれどころは使用人でもなく雇う側の人間で?
え?あれれ?
レスティは混乱した頭を思わず抱え込む。
頭上から呆れたようなため息がはき出されたのが分かって、バッと顔を上げるとクローバンさ─…じゃない、カイン様が悪戯に失敗した子供のような顔をしてこちらを見下ろしていた。
「あー、ついにばれた。ダマして悪かったな。中々楽しかったぜ、レスティ。
 ったく、サリスもばらすことねぇだろ。せっかく驚かせようといろいろ屋敷の奴らと計画建ててたのによー」
カインはすねたような顔をして「驚き具合が半減したし」と25の男とは信じられない仕草で呟く。
十分驚いたわ!!ていうか何その変わりよう!!?
今までの紳士さんは何処へ!?(軽くサディストだったが)
軽くその変わりように怒りを覚えたが、そんなことは意に関さずと言うようにカインは思いついた様な顔をして口を開いた。
「あ、サリス。まだあっちは気付いてないから今度はばらすなよ」
そう言ってニコッと否、ニヤリと笑ったカインにサリスは諦めたような様子で「わかりました」と頷いた。
まだなんかあんのかぁ───っ!!
何その含み笑い!しかもサリスさん頷いちゃうの!?
目を見張ったレスティに「ま、頑張れ。あ、これセルブスによろしく」そう言って持っていた書類を押しつけるとスタスタとカインは歩き去ってしまった。
レスティは手に持っていたお盆を片手に持ち替えてそれを慌てて受け取るとその後ろ姿を唖然と見つめて立ちつくすしかなかった。
サリスも気まずげにいそいそとカインのあとを付いて行って広い廊下にポツンと捕り物されたレスティだった。



「何で教えてくれなかったんですかぁ───!!!」
しばらくしてやっと覚醒したレスティは食器と手にのこされた仕事をこなし駆け足気味に地下のセルブスの研究室に飛び込んだレスティの第一声だ。
使用人の皆さんが教えてくれなかったのは、その様子から一目瞭然。
面白がっていたのだ、きっと知ったときの慌て具合を想像して細く笑んでいたに違いない。
グレーナさんもしかり。
あの方はこの10日間、部屋に訪れれば抱きつかれ、使用人のメイドさん方(レイスさん、シリィさん、サヨさん、ネータさん)と一緒になって私は着せ替え人形にされた。
特にメイドのレイスさん達はもう姉妹なんじゃないかと思うほどに息ぴったりに私を確保と誘導して、グレーナ様と一緒になって私で遊んでくれた。
人をからかうのが大好きなのだ。彼女は。
むしろ積極的に参加していそうだ。さっきカイン様が言っていた不吉な言葉を思い出して思わず身震いした。
あの方は絶対に何か企んでいるのだろう。
その中の結論で、この屋敷内で唯一まともそうな(なにげに失礼)セルブス様は何故教えてくれなかったのかという怒りに到った。
彼はここの三男だし、研究者という職に就いている。
落ち着いた印象の生真面目そうな男性だ。身の回りには気を全く遣わないが。
研究室は怪しい雰囲気だけど。
フェンが実験中に出てきたとか言ってたけど!…いったい何の実験してたんだろう。
未だ怖くて聞けていない。
って、あぁああぁあぁぁ!!もうっ!取りあえず何で教えてくれなかったんだ!!
「…もう少し静かにしろ」
「クゥン」
落ち着いた様子で机の怪しげな機器から目と手を放さずにそう言ったセルブスに思わずうなだれる。
ちなみに鳴き声の主のフェンは今日はこの部屋にいて今はもうレスティの足にすり寄っている。
レスティは随分と懐かれたようで、フェンはずっとその足下にすり寄っている。
寝るときまで部屋に来てベットの下で眠っていたりもする。
あぁ、私の味方は君だけだよフェン…。
レスティはすっかり諦めた心地で、しかし恐る恐る口を開いた。
「…セルブス様、何故カイン様が使用人ではないと教えてくださらなかったのですか」
「いつものことだ」
その返答の素早さときっぱりと言いはなった声にがっくりとうなだれる。
おそらく使用人が新しくなる度にこうやって遊んでいるのだろう。
この悪戯が日常と化してしまっている現状を察してレスティは諦めたように息を吐き出した。
絶対そうだ。
この状況に疲れてついて行けなくて使用人が辞めていくのよ。
ああああああ、何て所に来たんだ私。
心の中でひっそりと自分を罵るレスティだった。

しかし、さらならショックが待ち受けていることをレスティは知らない。 



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