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終わりの一夜 13


時はもう12時を周り、空は闇に包まれている。
部屋を照らすのは月明かりだけで、それでも今日の雲の掛かっていない光では十分なほどだった。
城に来ていた市民達は先ほど返されたようだ。
男は口角を緩くつり上げ、目を細めてその部屋のベットに横たわる女を見た。
その目は全く笑っておらず、闇の中で暗く光る。
男―…レオナルドは、ベットに手をついて横たわった女、エラへ顔を近づけた。
ギシッとベットが軋む。
レオナルドはもう片方の手をエラの頬へ添えて緩くなで上げ、それを何の感傷も無く見つめた。
彼女を通して自分の兄である男を思い出す。
この女は、クリスの思い人だ。なら、別にこの女を僕のものにするくらいかまわないだろう?
レオナルドは薄く笑みながらエラへと呟くように言葉を落とす。
「恨むなら僕じゃなじゃく、クリスを恨むんだな…」
レオナルドは頬を撫でていた手をベットに広がる艶やかな黒髪へ移すと、それをソッと持ち上げた。
「そのかわり、僕が…―」
続けようと思った言葉を止める。やけに部屋の外が騒がしかった。
何かもめるような声が大きく響いているようだ。
レオナルドは不愉快そうに眉を顰め、スッと立ち上がる。
ドアに近づくとともに、外の声も近づいてきているのか声が届くようになってきた。
『…―って…るで…ルド…だ…!』
『レオナ…まは…お会いに…なら…!!』
レオナルドは聞こえてきた内容に顔を歪める。
どうやら自分に会いに来ようとしている者が居るらしい。
まったく、こんな時に何のようだと言うのだ。
レオナルドは不愉快そうにしながらも、荒々しくドアノブを捻った。
「何ご―…」
何事だ。そう言おうとした言葉は最後まで続かなかった。
それはそこにいた人物に言葉を無くしたから。
――そこには、兵士に押さえつけられながら此方に進もうと暴れている〝女〟がいたのだ。
継ぎ接ぎだらけの服に顔は血に汚れていた。
そしてその顔は、今出た部屋で寝ているはずの〝女〟と同じものだったのだ。
女は此方に気がつくとハッと顔を上げて、そして驚きと怒りに顔を歪めた。
その口が小さく動くのをレオナルドは見た。声に出さなくともその口が〝レオナルドっ〟と動いたのが解った。
それに余計にレオナルドは顔を顰める。
何だ、何が起こっている。何故あの女がもう一人いる? 
女はこちらの困惑を理解したのか、僕が現れたおかげで揺るんだ兵の拘束を振り退き、ツカツカと歩み始める。
レオナルドはその様子を見、また慌てて捕まえようとした兵を止めた。
女はその様子を見て、視線を鋭くする。
「返して頂戴。あの子はあなたが望んだ子じゃないわ。
 クリストファーと会ってたのは私よ」
レオナルドは女の言い分に思わず目を見開いた。
この女は何処まで知っている…?
「無礼者っ!殿下に何という口の利き方を…っ」
剣を抜こうとした兵をレオナルドは手で納め、それでも躊躇する様子に言葉を落とした。
「下がれ。このあたりに人を近寄せるな」
そう言って出てきた部屋へ引き返す。
その時に女へ視線を向けて兵にも短くもう一度「下がれ」と言葉を落とした。
後ろで、女が扉を閉める音が暗い部屋に響く。
その扉の前に立つ女に振り返り、レオナルドは剣呑な視線を向けた。
「女、お前は何者だ?」

部屋に入って明日香は手をギリッと握りしめた。
レオナルドはドアが閉まった音を聞いてゆっくりと振り返る。
窓から月の逆光でその影を怪しく映した。ただ目だけが鋭く光を反射して明日香の目に映った。
「女、お前は何者だ?」
それはある意味当然の問いだろう。何せ全く同じ顔の人物が目の前に現れたのだ。
明日香は自分の名前を名乗ろうとして、グッとそれを飲み込む。
それは賢明ではないだろう。
私は舞踏会に来た街に住む娘で無くてはならない。
「私は、エラ。あなたが捕らえたその子は私とは別人よ」
レオナルドはそれだけでは納得しなかった。
それもそうだろう。
しかし、こちらも大人しくしている気は無い。ここにレオナルドの助けは来ないだろう。先ほど自分で人を寄せ付けないように指示を出したのだから。
レオナルドは更に口を開こうとしたが、それよりも先に明日香が言葉を落とした。
「だからあなたがさっき刺したのも私とは関係無い人だったのよ。
 彼は私が見つけて助けた。関係のないその子を巻き込むわけにはいかないの、その子を返して!」
本当は嘘。グランを助けたのは私じゃない。
私は何も出来なかった。クリストファーとヒューがどうにかしてくれるのを祈るだけしか出来ない。
悔しさに唇をかみ切るほどに噛みしめる。ピリッと痛みが走った。
ギッとレオナルドを睨み付けるとそんな明日香を彼はフッと笑った。
「誰がそれを信用する?」
その言い分に明日香は更に視線を鋭くする。
確かにそうだ。今の私はひどく怪しいのは自覚している。
明日香は視線を巡らせて、エラが何処かにいないか捜す。
そして奥に置かれたベットが小さく盛り上がって上下しているのを見てすぐさま駆けだした。
「っ止まれ!」
レオナルドも遅れて追うが、明日香は直ぐその布団をまくり上げた。
そこには泣きそうな顔で寝入っているエラを見つけてひどく胸をなで下ろす。
乱暴はされていないようだ。
「…まったく油断ならないな」
しかし、明日香は直ぐに後ろから捕まえられた。首に腕を回され、両腕を後ろで拘束される。
レオナルドはもがく明日香を冷ややかに見下ろして呟いた。
明日香は負けずにらみ返す。
「捕まえるなら私を捕まえれば良い!
 あんたが自分の兄をどう思ってるか知らないけどさ、この子はあんた達の顔さえ何にも知らないの!」
その叫びを聞いてかレオナルドはフッと息を漏らした。
「…兄、か。そうだなクリスは僕の兄だ。
 しかし、僕はあいつが兄であるからこそ苦しんできたんだ」
その静かな言葉に明日香は言葉を止める。
レオナルドは苦しんできたと言った。クリストファーが彼に何かしてきたのか?
いや、違うだろう。だってあの庭で兄弟仲は良いのかと聞いたとき、彼は強く困惑と少しの悲しみを表したのだ。
おそらくこの騒動の主になる理由。
「どういう、こと?」
そう聞いたとき、レオナルドの目にまた剣呑な鋭い視線が戻り見下ろされる。
思わず視線で射殺されそうな視線に体が震えた。
「お前にそれを語る義務はない。もとより、お前が知る必要の無いことだ」
その言い分に、明日香は腹が立った。
知る必要が、無いだって?そんなはずはない。こっちは巻き込まれてるんだ。
「冗談言わないで!
 あんたの逆恨みで巻き込まれてるこっちの身にもなりなさい!! 理由を知る権利くらいあるはずでしょう!」
「逆恨みだとっ!!?」
レオナルドの目にカッと怒りが宿る。ブンッと勢いよく手が振り上げられて、それが風を切った。
頬に強烈な痛みが走る。思わず、その衝撃で床に叩き付けられた。
「い、っ―…」
ジンジンと痺れるように頬が痛む。これは腫れてしまうかもしれない。
レオナルドは息を荒くして此方を見下ろしている。
近づいて来る気配は無く、ただ今にも腰に掛けてある剣を引き抜きそうなほど鋭い気配が漂っていた。
明日香は警戒しながらもゆっくり起き上がると、ジッとレオナルドを睨み付ける。
「…手を出したのが図星だって言ってるようなものだわ」
レオナルドはそれでまたカッとなったのかツカツカと歩み寄るとスラッと剣を抜いた。
それを明日香の首元に寄せるとそのまま言葉を落とす。
「黙れ、不愉快だ。」
その言葉に、行動に明日香は恐怖しながらも、歯をギリッと噛みしめた。
そう、おそらく明日香が言った言葉は正解なのだ。
これはレオナルドの逆恨みだと言うこと。クリストファーにきっと非は無いのだろう。
それに少しだけ安堵した。
顔をキュッと引き締めて、明日香はたたみかけるように言葉をまた落とす。
「図星だから、怒るんでしょ。言い当てられたから。
 違うなら鼻で笑えば良かったのよ。何を馬鹿なことを言ってるんだってね。あんたはそうしなかった。
 本当のことを言われたから、聞きたくなくて手を挙げたのよ。まるで子供みたいに」
言っている間、レオナルドが言葉を止めろと言うように剣が首に食い込んで、血が流れ出るのを感じた。
言い終わった頃には、レオナルドは怒りに顔を染めて居た。
「貴様ぁっ!」
レオナルドは剣を握る手に力を込めようとしているのか痛みが強くなる。
「ここで私を殺すなら、やっぱりあんたの負けよ。こんな小娘の言葉すら聞き流すことが出来なかった。」
これはある種の賭だった。首を切られたらそれはもう死ぬしかない。
この状況を続けたら、そうしなくとも大量出血で死ぬだろう。
死ぬのは怖い。痛いし。でももしかしたらお母さん達の所に行けるかもしれないと思ったらそれも少し和らいだ。
この世界にも、元の世界にもどちらにしろ、私の居場所は何処にも無いんだから。そう思って明日香は目をつぶった。
しかし、その状況はレオナルドが動くよりも先に、違う声によって止められた。
「おやまぁ、まったく本当に口の減らない娘だねぇ」
ひどく、聞き覚えのある声だった。
そのしわがれた声に、明日香はカッと目を開いく。
そこにいたのは思い描いたのと同じ、魔法使いだった。
「魔女!」
そう叫んだのは明日香ではなく、レオナルドだった。
明日香は思わず驚いてレオナルドを見る。
首を動かしたせいで剣が動いてビリッと痛みが走った。
「出てくるなと言っただろう!」
「…何ですって?」
その言葉は、魔法使いの存在を知っていて、しかも何らかの関係を思わせるものだった。
明日香は小さく呟くと魔法使いをギッと睨み付けた。
しかし、魔法使いはコロコロと笑いながらそんな様子など気にもせず言葉を落とした。
「全く殿下は気が短いねぇ。クリストファーを苦しめたいんだろう?
 早くその剣を外してやんな。死んじまうよ」
レオナルドは魔法使いに言われて渋々剣を鞘へしまった。
明日香は唖然とする。
これは、どういう事?何で魔法使いがここにいる。
「…命拾いしたな」
レオナルドが落とした言葉は、明日香に何か確信をもたらした。
彼はこの上なく魔法使いを信用している。
それは、なぜ…?
何処か呆然と座り込んでいる明日香に魔法使いは面白いものを見るようにしながら可笑しそうに言葉を落とした。
「殿下はねぇ、クリストファーに沢山奪われてきたのさ。
 弟に生まれただけで、王の座も、周りの信頼も、敬意も、何もかもね」
魔法使いはそうしてペラペラと話し出した。
それは魔女が介入したことで歪んでしまった話に、明日香はひどく怒りを覚えたのだ。



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