混乱の舞踏会 10


「………っ」
明日香は今日も今日とて疲れ果ててベットに倒れ込んでいた。
このまま眠りにつきたい気もするが、あの魔法使いは今夜もきっとやって来るだろう。
しかしもう時間も夜の10時を回った。もしかしたら今日は来ないのかもしれない。
それならこのまま……いやいやいやっ! 寝ている間に城に移動させられるなんてごめんだ。
何せ、昨日はいきなり城門の前に移動させるという暴挙。
思い出すほどにムカムカと怒りが湧き出てくる。
「…あのババァの、思い通りにさせてたまるかぁ……っ!!」
はぁはぁと息を荒くしながら、勢いよく言い放つと決意を新たに明日香はグッと手を握りしめた。
「──おやおや、可愛くない子だねぇ……」
その声を聞いた途端明日香は表情を一変させその声の主をギロッと睨みつけた。
驚きはしない。
声の主──…魔法使いはコロコロと笑い杖を振り上げた。
そのことに、明日香は目を見開き後ずさった。
「え、ちょっ」
「あんたは随分生意気だからねぇ、問答無用だよ」
ま、まさか…。信じられない気持ちで明日香は魔法使いを凝視した。
躊躇無く振り下ろされた杖に明日香の情けない悲鳴が響いたのだった。
「嫌っ! ちょ、待てぇ─────っ!!」
そして、眩しい光が部屋を満たした。



「はぁ……」
クリストファーは苦しげに息を吐き出した。
──彼女は今日も来るんだろうか…。もし、来ていてくれたとしても庭園に今日は行けない。
クリストファーは昨日の舞踏会脱走で見張りの強化がされていた。
今夜の舞踏会で脱走することは不可能と言っても良いだろう。しようとしても直ぐさま捕まえられる。
クリストファーは昨日の明日香を思い出す度にもう会えないのだろうかと、胸が締め付けられるように痛んだ。
舞踏会が始まり、女性と踊っても話していても名前も知らない彼女の顔が離れずクリストファーは終始ボンヤリとしていた。
その様子にトルトンや王、見張りの者はいつもとは違うクリストファーの様子に首を傾げていた。
クリストファーは無駄だかもしれないと思いつつ、目線を何度も会場内に走らせて常に彼女は居ないか探していた。
──そんなとき、彼の耳にこの場にはそぐわない上擦った声が聞こえた。
「ギャッ!?」
その声に聞き覚えがあり、クリストファーはその声のした方向に勢いよく振り返った。
そして、目を丸く見開き、言葉を失った。
……い、た…
クリストファーの目に映った人物は、まさに昨日の少女だった。
彼女は地べたに座り込み、顔を赤らめて俯いている。転んでしまったようだ。
──ま、まずいボーッとしてる場合では無かったっ!
はっとし、クリストファーが明日香に向かおうとしたとき、──しかしその時には、クリストファーの行動は遅すぎた。
彼女の目の前に一人の男性が立ち、手を差し出して彼女を助け起こしたのだ。
クリストファーはその人物に気がついたとき、呆然と立ち止まった。
ここからは遠すぎて彼らの会話は聞こえない。
彼女の表情は、相手の男を見たときパッと顔を上げてそしてその顔を驚きに染め、そしてその後直ぐに苦々しく顔を歪めた。
その時だ、相手の男──…自身の弟であるレオナルドがしっかりとこちらに視線をよこし、そして…スッと、怪しく目を細めた。
──その表情は、何処かこちらを挑発するようであり、嘲笑っているような表情でレオナルドから目を反らすことが出来なかった。
そして、レオナルドの目線を追ってこちらを見た彼女の顔が驚愕に染まるのが視界の端に見え、クリストファーはグッと眉を寄せた。



今度こそ、あの魔法使いを呪ってやりたいと心底、心の底から思った。
よりにもよって、舞踏会の会場の中に直接送りやがったのだ。
しかも、足下を浮かせた状態で。何の嫌がらせだ。
おかげでバランスを崩して「ギャッ!?」何ておかしな悲鳴を上げてその場に倒れ込んでしまった。
魔法のおかげなのか周りが突然その場に現れたことに疑問を持っていなかったのは不幸中の幸いと言ったところだ。
声が掛かったのはそんな時だった。
「お嬢さん、お怪我はありませんか?」
そう言って差し伸べられた手に、本当にありがたさを感じ突き刺さる視線から救われたと、その手を取ってゆっくり立ち上がりお礼を述べようと顔を上げた。
「はい、だい、じょう…ぶ…」
その男性の顔を見て明日香は固まった。
──金髪碧眼。そしてこの状況は─……。
「それは良かった。無事で何よりです」
こ、の声は……っ
たどり着いたその事実に、明日香は苦々しげに顔を顰めた。
──金髪碧眼、そして私の耳が確かならこの声≠フ持ち主はあの夢の王子であるはず。
それに検討するのは…─弟王子のレオナルド≠セ。
こいつが、前の時の悪夢の正体……っやってしまった。最悪だ。最悪の展開……っ!!
そして、夢の時と同じような動作でレオナルドが目線を違う方向に向けたのを見て、その視線をたどりその先にいた人物に明日香は驚きに目を見開いた。

そこには、昨日のもう一度会いたいと密かに思った男性が居たのだ。
──この流れから言って、彼は兄王子のクリストファー≠セ。
たどり着いたその答えに、明日香は驚愕に表情を凍らせた。



固まった明日香に、レオナルドは目を細めたあとグイッと手を引いて明日香の体を引き寄せると、ごく自然にその体をエスコートしだした。
明日香もその向かう所に気がつきハッとしたとき、レオナルドの声が耳に届いた。
「美しいお嬢さん、よろしければ僕と踊ってはもらえませんか?」
その、何処か鋭さと甘やかさを含んだ声に明日香は思わず唇をかみしめた。
──ここは敵陣の真っ只中。抵抗しても、私には100%不利。
「……── 一曲だけなら」
そう言ってレオナルドの手を取った明日香にレオナルドは目を細めて人好きする笑みを浮かべた。
流れ出す音楽は穏やかで綺麗な旋律を会場内に満たす。
明日香の腰を抱き寄せるとゆっくりと音楽に合わせて優雅に動き出した。
明日香はもちろん踊ったことなど無いので完全にレオナルドに体を預けている。
その状況に、明日香はさらに焦りと苛立たしさを感じていた。

今、まさに私は前と同じ事を繰り返そうとして居るではないか……っ。
明日香は、早くそして焦りを覚える展開に一人頭を混乱させた。
レオナルドは時々明日香に声を掛けるが、明日香は完全に無視だ。
しかし気分を悪くするでもなく、にこやかに笑みを浮かべ続けるレオナルドに明日香は何処か不自然さと、そして冷たさを感じてツーッと冷や汗を流した。
まずい、まずい……。
どうにか、どうにかしなくては。このままじゃまた…。
そこまで考えて、明日香はふっと流れている音楽が止まっている事に気がついた。
──そして自分の足も立ち止まっており、レオナルドや他のお客たちの視線が自分に集まって居ることにも。
そして顔から血の気がさーっと引いた。
曲の途中で考えすぎて足を止めてしまったのだ。思わぬ失態。
思わず舌打ちを打ちそうになったのを口の中で止めた。
明日香はグッと目を据わらせると低く喉を振るわせた。
「申し訳ありませんが、私にはもう時間がありませんので失礼させていただきます」
──明日香が取った行動は、単純にその場から逃げることだった。
そのまま、言い捨てるように返事を聞かずその場を走り去ったのだ。
城を飛び出した彼女は一直線に走り出す。
ただ、ただエラに自分と同じ絶望を感じさせたくはないから。
それだけのために。彼女は走る。
現在の状況が彼女を焦らせていた。
このままだと、本当に前と同じになってしまう。
なら、先を知る私がエラ達を守るしかないじゃない。──私が、絶対に守ってみせるんだから。
明日香は出せる限り全開のスピードで走り、念のためと教えてもらっていた二人が待っているはずのグランの家へ真っ直ぐに向かっていった。



明日香の会場を走り去るその後ろ姿を、レオナルドを含め周りの人間は唖然と眺めていた。クリストファーを除いて。
彼は走り去る明日香の姿を切なげな眼差しで追った後決意したように一瞬目をつぶる。
そばに居たトルトンに一言つげ、何が起こったのか理解し切れていないトルトンに背を向けてクリストファーまでもがその場を立ち去って行った。
しかし、そのクリストファーの行動に気がついたのは見ていたトルトンとそして王夫婦だけだった。
そしてレオナルドもまた直ぐに行動を開始していた。
彼は真っ直ぐに目的の人の下へ歩いていくとその目の前で立ち止まり、穏やかな笑みをその顔に浮かべた。
「父上、母上。僕は立ち去った彼女を結婚相手に選びます。
 後を追いかけたいので僕は失礼させていただきます」
王はその言葉を聞いて驚きに目を大きくした後、嬉しげに目を細めて静かに口を開いた。
「…レオナルド、彼女の行く先は分かっているのか?」
「──彼女は、クリスが先日の脱走の時のあの森の井戸で見つけたんです。あの森にある人家は一つしかありませんから」
それだけ淡々言うと、レオナルドもまた先を急ぐようにその場を後にした。
レオナルドが王夫婦の下を去ったあと、直ぐにトルトンはクリストファーの伝言を王夫婦に伝えるべく駆け寄り、その報告を聞いた王夫婦はまた言葉を失った。
その表情はさっきとは打って変わって唖然と混乱を色濃く映す。
「……一体、何が起こって居るんだ?」
「…こんな事になるなんて、思っても居ませんでしたわ…」
その内容は単純。
俺は、森で見つけた彼女を婚約者にする。結婚相手は彼女以外いらない

──主役が居なくなってしまった舞踏会は、混乱に包まれたまま続けられ12時を過ぎて終了の言葉が告げられ多くの落胆の声とともに終わりを迎えた。



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