混乱の舞踏会 08


そしてやって来た舞踏会当日。
明日香は、またうんざりした気持ちで家の中を走り回っていた。
「シンデレラッ早く持っていらっしゃい!!」
「はいっ! 今参りますお義母様!!」
呼ばれて、急いでいけば後ろから呼びかけられる。
「シンデレラ! わたくしは何時になったらドレスを着られるの!!?」
「少し待ってください、お義姉様!!」
直ぐに返せば、付け足すように急かす違う声が響く。
「シンデレラ、お姉様がドレスを着たら私の髪を直ぐに結ってちょうだいっ!」
「はいっお義姉様!!」
かと思えば、今度は前から「シンデレラッ大きな声を出さ無いでちょうだいっ!!」と怒鳴り声。
じゃあどうすれって言うのッ!!? 返事しなかったら、返事しろって言うくせにっ!!
大体、お前もでかい声出してんだろうが!!
いい加減にしてくれっ!!
こうして怒濤の、舞踏会直前の夕方を明日香はイライラとストレスと、走り回る疲労でヘトヘトになって過ごしていた。
しかし、そんな明日香でも仕事に手を抜かないのが明日香だ。
義姉達の髪はとても丁寧に美しく結い上げられていた。ドレスの見立ても全て明日香がやり、二人はセンス良く着飾っていた。
いくらこんな人たちでもエラの評価を落とすようなこと絶対にしたくない。
手先が器用で良かったと、明日香は不服ながらも心底思った。
「シンデレラ、お前も舞踏会に行けたらよかったのにね?」
「…お義姉様、からかわないでください。私の行く所ではありませんわ」
全く、何処までも嫌みな人だ。
その顔には、気持ちの悪い笑みが浮かんでる。明日香は心の中でため息をした。
「そうね。“灰被り”なんかが舞踏会に行ったら、みんなの笑い者だものッ!!」
思わずせっかく結った髪をぐしゃぐしゃにしてやろうかと思った。



「…疲れたぁ───っ」
義母と義姉妹を引きつる笑顔で送り出し、屋根裏の粗末な藁布団のベットに力尽きたように倒れ込んだ。
──こんなに、精神的にも肉体的にも疲れる事なんて今までにも、きっとこの先にももう二度と無いだろ。
と言うかあったらきっと、私は耐えきれない。
発狂する。
本当に、あの中で生活していたエラを尊敬するよ。マジで。
ぶつぶつと文句を言いながら、体を包む疲労とすっかり寝慣れた藁布団の感触にゆっくりと眠気が襲ってきて目蓋を下ろそうとしたときだった。
「おやおや、まだ眠るのには早過ぎやしないかい?」
「ッ!!?」
いきなり耳元でダイレクトに声が響き、明日香は驚きに声を失って跳ね起きた。
そして、目の前に居るその人物に目を丸く見開いた。
すっかり忘れていたその存在。

「も、もしかしなくても魔法使い!!?」
「そうだよ。見れば分かるだろう? シンデレラ」
ツクツクと笑うローブを被った老婆に、明日香は驚きと安堵を覚えた。
──こっちに来たって事はエラの方には、もう行かないよね?
でも、私が舞踏会に行っても、王子にエラと同じ姿の私を認識されたら困る。
それでもし、夢≠フ通りになったら……。
明日香はグッと手に力を込めて。魔法使いを見つめた。
「悪いけど私は舞踏会には行かない」
強く言うと、魔法使いは驚いたように目を細めた。
「外はそっくりなのに、中身はまた気の強うそうな子だねぇ」
「え…」
今度驚いたのは明日香だった。
──なんで、この人が…?
そう思った後、明日香はすっかり見逃していた事実に思わず舌打ちしたくなった。
この世界で私をここに連れてくる≠ネんてとんでもない事が出来そうなのは一人しかいないじゃないか。
その人が私の存在を知ってたって何の不思議もない。
しかし、それなら聞きたいことがあった。
シンデレラをエラを助ける魔法使いに。
「あなたは、何であの夢の未来でグランさんをあの時助けないんです?」
魔法使いはクスリと声を漏らす。
私の言った意味が分かるって事は、やっぱりこの人はあの夢のエラの未来を知ってるって事。
明日香は視線を鋭くして魔法使いを見た。
「おやおや、愚問だねぇ」
楽しそうに笑いながらそう言う魔法使いは明日香を見下ろしながら当然とばかりにすらすらと言葉を紡ぎ出した。
「それにお前は何か勘違いしているねぇ。
 アレは未来なんかじゃないよ。実際にもう起きてしまった過去≠セ。
 私はもう一度チャンスをあげるために、もう一度はじめからやり直してあげただけさ。
 全ては哀れなシンデレラが望んだことだよ。」
よく、意味が分からなかった。理解できない。
明日香は眉を寄せた。
よく分からないけど分かったこともある。夢≠ヘ未来じゃなく過去。
じゃぁ、このまま行くとエラはあの絶望を二度も感じ無ければならないことになる。
前のことを、覚えていないとしても。
ならば、なおさら。どうして、エラをこの人は助けようとしないの?
明日香の問うような視線に魔法使いは楽しそうに笑った。
嘲笑うかのように、こちらを見て、口を開く。
「私が哀れで優しいシンデレラに手を貸したのは、あのままではつまらなかったからだよ。
 切っ掛けさえ与えれば、人間は自分で動き出すものだからねぇ。
 あの時も、シンデレラがどう動くか見ていたんだが王子とそのまま結婚しちまうし。それじゃ、つまらないだろう?
 だからもう一度チャンスをあげたんだよ。お前という切っ掛け≠与えてね。
 お前にも夢≠ちょっとの切っ掛けとしてあげただろう?」
驚きに言葉を失った。
明日香は魔法使いを嫌悪し眉を寄せる。
この人は、あの場面を面白がって見ていたというのか。
──自分の楽しみのために、動いていると言うの?

「今回は、王子達も前と違う動きをしてきてるからねぇ。
 お前には、悪いけど私は物語が面白くなるように今回も動くからね。今回もシンデレラには舞踏会に行って貰わなくちゃね」
「私はシンデレラじゃないっ!!」
「私にとっては同じだよ。哀れで可愛そうな孤独なアスカ」
その面白がるような言葉を聞いて、明日香は自分の手を居たいほど握りしめた。
魔法使いは、そんな様子にますます笑みを深めて手に持つ杖を振り上げた。
「お前はちょっとばかり強情そうだから実力行使させて貰うよ」
その言葉と同時に魔法使いは杖を振り下ろし、その瞬間部屋を目映い光が満たした。
「ちょ、ぎゃ────っ!!!!」
そんな悲鳴と共に。



「……やりやがった、魔法使いめ…」
ボソッと呟いた明日香に、そばを歩く男性が不思議そうにこちらを見る。
明日香は「何でもありません」と愛想笑いとともに言った後、心の中で魔法使いを罵った。
──魔法使いは、よりにもよって城の門の目の前にドレスアップした明日香を出現させたのだ。
明日香は青みがかった白のドレスを着ており、その布は何で出来ているのかとても軽く明日香が動く度にふわふわと揺れ上等な素材で出来ていることがうかがえた。
髪も見事に結い上げられて、見えないくとも飾り付けられていることが覗われた。
足下にはガラスの靴ではなく、代わりに白のパンプスを履いていた。
──まぁ、ガラスの靴なんて痛そうなの履かされても困るけど。
その姿は、まさに美しく凛とした雰囲気を漂わせ明日香にとても良く似合っていた。
それこで明日香に気がついた、城の使用人は案内役か会場にお連れしますと、ご丁寧にもエスコートしてくれた。
この人には罪はないんだ。仕事をしてるだけなんだから。
案内を断ることが出来ずに唸る明日香の目に、城の庭園が目に入った。
そこは、綺麗な花がバランス良く植えられ、明日香は思わず足を止めた。
──きれー…

「どうかなさいましたか?」
その声にハッとして、明日香が前を向くと心配そうな顔をした男性がこちらを見ていた。
何か言おうと焦った明日香の頭に、ピカーンと妙案が浮かび明日香は内心ニヤリと笑った。
「申し訳ないですが、案内はここまででよろしいですわ。
私、あの庭園を少し見てから会場の方へ行かせていただきます。」
にっこりと笑って言った明日香に、城の使用人はあっさりと承諾し、さっさと自分の持ち場へと戻っていった。
その後ろ姿を明日香は表ではにこやかに、内心では口元をつり上げて見送った。



そんなこんなで、城の庭園にたどり着いた明日香はその中央に設置されていた噴水のそばのベンチへ腰掛けた。
魔法使いの言葉を思い出す。
夢≠ヘ未来じゃなくて、もう起きてしまったものだった。
エラ達はそれを覚えていない。
時間も、起きる前にさかのぼっている。
─……やり直した?
その状況は、本当にその言葉がしっくり来る。
まるで、ゲームをリセットしたかのように全てが起こる前の状態のようだった。
─ただ、私という異分子を巻き込んで。まるで、何かの道具のように。
明日香はそこまで考えて、疲れたようにため息をはき出した。

それにしても凝った作りの庭だ。
さすが金持ちと言ったところか、センス良くしかしゴージャスで暖かみを感じる。
明日香は、植えられた花を見ながらぼんやりと意識を飛ばした。
──お母さんも、ガーデニングだけは好きだったな…。
どうしてその手際が家事に回せないんだと言いたくなるほど、と言うか何度も言うほど母のそれに対しての手際は素早かった。
そして、その道のプロ顔負けの作業をするのだ。
本当はこの人は器用で、わざと家事苦手を貫いて居るのではないかと疑いたくなるほどだった。
暇があれば庭をいじりってる人だった。
でもそのおかげで、家の庭はいつも華やかで友達が遊びに来る度に綺麗だよねぇーと褒めて帰ってたのを覚えてる。
それが自慢で、私も花とか好きになったり品種覚えてみたり、お母さんと一緒に土だらけになって庭いじったりして。
そうしたら、放置されたお父さんもいじけながら加わるの。
そんな日は一日中庭で笑って過ごしたりして。
ここの庭も、とっても綺麗…。
暖かみを感じるから愛情を注いで貰いながら、大事に育てられて居るんだろう。
この城にはたくさん人が居るから、もしかしたら花好きが集まったりす…
「そこにいるのは誰だっ!!?」
突然、そこに響いた怒鳴り声に明日香は驚きで、肩を揺らしてパッと声の方向へ振り向いた。



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