一方的な出会い 06


「もうマジ、最悪…。」
明日香はげんなりとした顔で額に浮かぶ汗を拭いた。
明日香の今現在の格好は、継ぎ接ぎだらけの服に手には雑巾、足下には汚れた水の入ったバケツ。
「シンデレラッ!! 何をモタモタしているのっ!?」
そして響く、お義姉様もとい我が儘女の声。
「…すみません。直ぐ終わらせます」
明日香の血管ははち切れそうだった。
──明日香はエラに変わりシンデレラ≠ノなりすましていた。
さすがと言うか、義母達は全く気がつく様子なし。
まぁ、家事は私も得意だったし。
明日香は母の事を思い出して苦笑いと共に気を落とした。
──お母さんは、究極の家事音痴だった。
料理をすれば、指を切り、皿を割り、火傷をし、見るに堪えない物体Xを作り出す。
掃除をさせれば、片付くどころか汚くし物を破壊する。
洗濯をさせれば、洗剤を洗濯機に直接とんでもない量を入れ、手洗いの物から分別して洗わなくちゃいけない物まで洗濯機にぶち込み、その服を二度と着れない物にする。
そのおかげで幼い頃からお父さんにいろいろ叩き込まれたものだ。
その為か、明日香は手先が器用で要領の良い人間に育った。
また両親の事を思い出しては、目頭が熱くなる。
それでも前にいた場所よりはましだ。
忙しさや考えることがあるせいで大分気を紛れさせてくれるから。
これが他に何も打ち込めるものがなかったら私はどうしていただろう。
今のように明るく過ごしていただろうか。
そう思うと、おかしいがエラになんだか感謝の念が沸く。
ただ、そう…エラ≠ノ、だ。

──こき使うとと言うにも限度という物がある。
義母達の仕打ちには目に余る物がある。本当にこれは虐めだ。虐待だ。
掃除をしてもしたそばからわざと汚し、これ見よがしにそれを非難する。
「ここがまだ汚れているじゃない」「こんな汚れも見えないのかい」「なんて鈍くさいのかしら」「早く綺麗になさい」「あら、でもお前も汚れているね」「そんな格好では余計汚すだけではなくて?」……ext。
ふざけんな!!と怒鳴ってやりたくなる。
三人で取り囲んで嫌みを言い続けるのだ。でも、言い返しても待遇が悪くなるだけなのも分かる。
エラはどれだけの間、コレに耐えてきたんだろうか。
──正直、私なら耐えられない。
きっと、怒鳴り返すか、放り出すか、家出するかどっちにしろ大人しくなんかしていないだろう。でも、今の私はあくまでエラの代役だ。大人しく耐えているしかない。
でも──…エラは、こんなのにずっと耐えてきたんだ。絶対に幸せになって欲しい。
あんな、あんなリセット前の様には絶対させない。
──きっと、そのために私はここに居るのだから…。

事実、明日香はもう動き出していた。
いくらメルヘンの世界でも、現実は現実だ。ならその中でどう生き抜いて、どれだけのことが出来るかだ。
何かするなら早いに越したことはないだろう。
明日香にも元々お人好しな面があり、それを全開で発揮し明日香は全力でエラに協力体制を取っていた。申そして訳ないと躊躇するエラを押し切り、身代わりを買って出ていたのだった。
今現在エラは恋人のグランと落ち合って昨日の私のアドバイスに沿い、話し合っているはずだ。
──舞踏会に行かせ無い様にするだけでは、甘いと思った。
あの夢が、これから起こる未来だとして、私はその途切れ途切れしか知らない。
途中経過を、どうしてそうなったのかを知らない。
私が見た夢の場面を起こらないようにするだけじゃ、何が起こるか分からないもの。
ならば用心に越したことはない。
彼女が危険になる可能性を0%にする必要があるのだ。
なら手っ取り早く駆け落ちでも何でもしてくれた方がエラは安全になれる。
だから、この役を買って出たのだ。じっくり話し合って、早く思い切って決断して欲しかった。せめて舞踏会の招待状が来る前に。
そう思って、七日は帰ってこなくても良いからしっかり話し合ってこいと、送り出していた。
ついでに、私はグランについて行った方が良いと思うと自分の意見をさりげなく伝えて。

「シンデレラッ!! 聞いているの!?」
「聞いていますわ、お義姉様」
うんざりした声を出さないよう、気を付けて落ち込んだように目を伏せる。その様子に満足したのかフンッと鼻で笑ってまた嫌みを言い始めた。
「なんて作業が遅いのかしら」なんて言われた日には「お前らが話しかけるからだろうがっ!!!」と怒鳴り散らしたくなるほどだ。
明日香は外では、真面目に聞いている振りをして内心ぼんやりと、七日間耐えられるだろうかと密かにため息を付いたのだった。
全く、早く話を付けることを祈るばかりだ。もちろん結果はエラが思い切ってくれることを願う。
─…グランが折れるなんてことにはなって欲しく無い。
しかし、物語は無情にも明日香の知らないところで動き出そうとしていた。
そう、まるでシンデレラ≠逃がさないとでも言うように……。



エラは本当に義理堅くて良い子だと思う。
何たって、帰って来なくても良いと言ったのに、現状報告で毎晩戻ってきてくれるのだ。
ここに戻ってくるときは、念のため継ぎ接ぎだらけの服に着替えてまで来てくれるのだ。
本当にあの義姉妹に見習わせたいものだ。
一度、グランさんとも対面した。
彼はあまりのそっくりさと、中身の正反対さに目を白黒させていた。アレは面白かった。現状報告によれば、話し合いは良い方向に進んでいるらしい。
彼女は今現在グラン氏宅にお邪魔しているが、良くして貰っているが申し訳ないと困ったような嬉しそうな幸せそうな顔をして話していた。
彼女にはそんな顔をしていて欲しいと思う。と言うか幸せにならなくてどうするんだコノ野郎。
しかし、話が動き出したのはエラの身代わりを初めて三日経った時だった。

「え…、お義姉様今なんて…」
「ふんっ、聞いていなかったの? それともあなたの耳はそんなに遠いのかしら」
嫌みを言い忘れないところがさすがだ。
一番上の姉を、密かに睨み付けるが全く気がつかない。
コレはこの三日で知った。
この人達は、余程周りを見ていないのかある程度なら睨んだりしても気がつかない。
自分が世界の中心だと思っていて、自分に酔って、と言うか自分の世界に入り込んでしまう人たちなのだ。母子そろって。
とことん腐ってると思う。
って、そんな事どうでも良いよ。本当に、すっごく大変な事言われたような気がするんだけど。
「聞いていなかったお前に、優しいわたくしが、直々≠ノもう一度教えて差し上げましょう」
「まぁ、お姉様ったら! 何てお優しいのかしらぁ」
「……」
私は呆れ返ってしらけた目を姉妹に向けた。
何処までも嫌みっぽく言う二人にもう言葉も出ない。
どうでも良いから早く話してよ。全く馬鹿姉妹め。
「お城から舞踏会の招待状が届いたんですのよ」
「今回の舞踏会は国中の若い未婚女性を呼んでの、王子様二人の結婚相手をお捜しになるためのものですって」
「もちろん、召使いのお前のは行くことは許されなくてよ」
「本当に、お可愛そうなシンデレラ。そんなお前にはわたくしたちの舞踏会への準備の手伝いを申しつけるわ」
「光栄に思ってちょうだい」
「未来の王妃に仕えられるのだからね」
立て続けに口を挟む暇もなくまくし立てる二人の表情は嬉々として輝いている。
いつから私は召使いになったんだ、オイ。義理の妹だろうが。クソ姉妹。
──全く、ここにいるとどうも口が悪くなってくな。あまりに腹立たしくて。
と言うか、もう王妃気取りか。
お前らみたいな腐ったのが王妃ならこの国はもうお終いだね。じゃなくて……。
「ついに来たか…」
ボソッと呟きハッとして姉妹を見たが全く気がついた様子は無かった。
そのことに胸をなで下ろし、しかしソッと眉をしかめた。
──急がないと……。
明日香は、焦る内心を落ち着けて義姉達の話に耳を傾けた。
まずは情報収集だ。



「やはり、兄王子のクリストァー様よっ、王位継承者だもの。それにあのクールさも素敵だわ!!
 城下にもお忍びで良く偵察にいらしているらしいし民を大事になさってるわ」
「まぁ、お姉様ったら! わたくしは弟王子のレオナルド様が好きですわっ、だってとても明るくお笑いになってそしてお優しい方だと聞きますもの」
「あら、それならクリストファー様だって、紳士でお優しいと聞くわ」
「──…ねぇ、シンデレラ? お前はどう思うのかしら」
そう問いかけてきた義姉に、内心嫌気がさす。どうせどう答えても嫌みが飛んでくるのだ。
明日香は何とか冷静を保つと静かに口を開いた。
「……王子様はどちらもお二人とも素敵だと思いますわ。私ごときが選ぶなどそのような失礼な事は申せません」
「まぁそうね! ごめんなさい」
「もう、シンデレラに意見を求めるなんて馬鹿ねぇ」
憎たらしい顔をして言う義姉に思わず殺意が沸く。
──取りあえず落ち着け、落ち着け明日香。
そう言い聞かせて無理矢理自分を落ち着かせる。取りあえず収穫はあったのだ。大目に見なくてわ。

舞踏会は二日後から二日間、夜に行われる、と言うこと。
開催の経緯は、両王子ともいつまでも結構相手が決まらず痺れを切らし、どうにか結婚させようとしている王様と臣下による企画らしい。
で、兄王子がクリストファー。クールで紳士的な王子。民思い(?)らしい。
弟王子がレオナルドで、明るく優しい(?)王子。
まぁ、なんと言ってもこの二人の情報だ。話半分に参考にしなければ。
それにしてもどちらが、あの♂、子だろうか。見極めるのは難しい。
─…早く手を打たなければ。



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