物語の世界 03


次の瞬間。
エラは煌びやかな舞踏会会場の隅でそっと立っていた。
エラ自身も、着飾っておりさっきの汚れた格好からは考えられないほど綺麗になっており、エラが来ているとは思っていない義母達はエラには全く気がつく様子はない。
エラは、きらきらと輝く空間に目を細めた。
「グレンも、来れれば良かったのに…」
小さくつぶやいた後、エラは視線を会場の真ん中へ移した。
そこには二人の男性が中心に居て女性と音楽に合わせてゆったりと踊っていた。
会場に居るのはほとんどが女性で、皆中央の男性二人を見つめ曲が終われば我先にと男性を取り囲んで男性はその中の一人と手を取って踊っている。
「王子様も大変よね」
エラはまた何ともない呟きを一つ漏らし、目を伏せた。
彼女の様子は周りの浮かれたような雰囲気とは違い何処かぼんやりと会場を見渡していた。
エラのところから中央の王子達は遠いのと人が居るせいで良くは見えない。
只、雰囲気や周りの様子から王子だけあって格好いいんだと言うことは分かっていた。
エラは今ここには居ない自分の思い人を思い目を伏せた。
エラは気がつかない。
その様子を、中央にいる王子が見ていたことにも。その王子の様子をもう一人の王子が何かを企むような表情でみていたことにも。

「…楽しまれていますか?」
エラは急に掛かった男性の声にパッと顔を上げ、困惑したように目を彷徨わせた。
その人の顔は、なんだかぼんやりして確認できない。
「まぁっ!! お、王子様…。は、はい。楽しませていただいています」
「それは良かった。…よろしければ私と踊ってはいただけませんか?」
エラの言葉にあぁ王子なんだと思った途端、直ぐさまそう言って来た王子の言葉にエラは息が詰まったように硬直し、目を見開いた。
そんなエラに王子は笑みを漏らし、強引に会場の中心へエラを引っ張り連れて行くと、音楽に合わせて踊り始めた。
「…緊張しないで、僕に身を任せてください」
「は、…い」
エラは体を引き寄せられ、耳元で呟かれてあまりの事態に硬直し、なすがままになっていた。
この場で抵抗しては王子に恥をかかせる事になるのも分かっていた。
エラはグランへの罪悪感と極度の緊張で、いっぱいいっぱいだった。
王子はそんなエラに視線を落とした後、もう一人の王子へと意味ありげに視線を向けた。
しかしエラそれに気がつくことは無かった。



次に一番始めに聞こえたのは耳をつんざくような鋭い叫び声だった。
聞こえる苦痛に唸る声と泣き叫ぶ声が鼓膜を揺らす。
いつの間にかまた場所が変わり、森が広がった場所に居た。
「嫌、嫌ぁ───ッ!!!!」
「…エ、ラっ!! 逃げっ」
苦しげに言うグランの腹には剣が突き刺さっており、そこからポタポタと鮮血が地面へとしたたり落ちる。
腹を貫通した剣は次の瞬間勢いよく引き抜かれ、そこから血飛沫が周りに飛び散った。
グランはその勢いに地面へと崩れ落ちた。
エラはグランへと駆け寄り、しゃがみ込んで何とか出欠を止めようと傷口を押さえるが、血は止まらずエラの服を真っ赤に染めていく。
「嫌、嫌!! グランっ誰か、誰かぁ!!」
エラは、泣きながら必死に助けを呼ぶが無情にも答えるものは居らずグランの血は流れ出ていく。
「いけない、汚らわしい血で汚れてしまう」
そう言ってグランにしがみつくエラをグランから引きはがしたのは王子だった。
エラは腕を掴まれたまま掴まれていない方の手を必死にグランへ伸ばす。
その様子に、王子は苛ついたように眉を寄せ冷たく言い放つ。
「やっと邪魔な者が居なくなったというのに…全く。さぁ、早く城へ参りましょう」
「嫌、放してっ!! グランが、グランがっ!!」
「放っておけば良いでしょう。そのような庶民など」
そのあまりに無情な言葉にエラは言葉を失った。
動こうとしないエラに王子は痺れを切らし、エラを抱き上げて強引にその場から歩み出す。
エラは出来る限りジタバタと抵抗し、悲痛な声を上続けた。
「嫌、嫌よ!! グラン───っぁ…!!」
エラは突然の首筋への衝撃に小さく声を漏らし、その途端その全身から力が抜け落ち、意識を手放した。
王子は自らの手刀に気絶するエラの様子を感情無く見つめていた。
「…エ、ラ…っ」
絶え絶えにかすれた声が王子の耳に届き王子は忌々しげに舌打ちした。
「…全く、どいつもこいつも汚らわしい」
その憎しみの満ちた声は、誰の耳に届くこともなく森の深さに消えていった。



頭が、痛い。
私のと同じ姿をしたエラ≠ェ、連れて行かれる。
頭の中でエラ≠フ叫び声が何度も響く。
訳が分からない。この痛みは何だ。
目の前に置いて行かれたグラン≠フ身体が血を流して段々と力を失って行くのが分かった。
──…目に浮かぶのは両親の青白く冷たくなったあの身体。
『嫌ぁ────っ!!』
叫び声が、一際大きく頭の中で響いた。
そこからの記憶は、無い。



←Back || Top || Next→