物語の世界 02
今私は自分の家にいる。
そして、両親の部屋でダンボールに荷物を詰めていた。
未成年で一人になった私は、どの親戚が引き取るかでもめた。養育費が、生活費がと両親の保険金はそんなに多いものではなかったから。
結局、私が引き取られることになったのは父さんの兄の家になった。
伯父さんは優しくしてくれた。お父さんの実の兄だからか気遣ってくれたし、引き取ると名乗り出てくれたのもやっぱり伯父さんだった。
──伯母さんは、嫌そうに顔を歪めていたけど。
私に掛けられた言葉も思いやりのない物だった。
母さんと父さんと住んだこの家はちょっとでもお金にするために売り払ってしまうらしい。
だから自分の荷物と、両親の必要な荷物をまとめておきなさいって。
葬式が終わったと直ぐにそう言われた。
──正直、泣きたくなった。
我慢してたのに。泣きたくても泣けなかったのに。
でも我慢すれば我慢するほど「両親が死んだのに泣きもしない冷たい子」と言われた。
だからますます泣いてたまるかと思った。……思ってたのに。
なんだか本当に泣きたくなった。悲しくて仕方がなかった。
私は詰めようと手を伸ばした物を見て一瞬ピクリと手を止めた。
それは十何冊かの本で家族三人のアルバム≠セった。
荷に詰めるのを止め、手に取ったそのアルバムをゆっくりとめくる。
私が生まれる前の両親の写真から最近の物までが貼られたそのアルバムを割れ物を扱うように丁寧に見た。
こんな風にアルバムを見ることになるなんて思いもしなかった。
ポケットに今も持ち歩いている母の髪飾りを服の上から握りしめた。
時折、泣きそうになるのを堪えながらそれを眺めてハッとした。
時間を忘れて見入っていたようで、アルバムを見始めてからかなりの時間が経っていた。
見終わったアルバムは自分の横に積み上げられている。
手に持っていた物もその上に積み、元のアルバムのあった所へ視線をずらした。
そこには後一冊残っていて、この際だからとそれにも手を伸ばした。
しかしそれはアルバムでは無かった。
明らかに重さも厚みも違う。
疑問符を浮かべながらも、表紙に視線を這わせた。
「 ……えっとCi、n…シンデレラ?」
本の表紙に彫られた文字はすり切れて読みづらくなっていたけど、そこにはアルファベットで確かにシンデレラ、とかかれていた。
随分古そうな本だ。
私の昔の絵本だろうか…? でも、どうしてこんなところに…。
不思議に思いながらもパラパラとめくると、内容もごくごく普通のシンデレラの物語が描かれていた。
しかし、その本の半分もしないうちに物語は途切れ、白紙のページが広がっていた。
「…何、これ…?」
前の方に戻ってみようと本に手をのばした刹那のこと。
本から湧き上がる白い眩しいばかりの光が部屋を満たした。
あまりの出来事に目を見開いて短く悲鳴を上げ、光の中に私の意識は真っ白に染まっていった。
意識がボンヤリとしてハッキリしない。私は今何をして居るんだったっけ。
ただ、そうただボンヤリと映画を見るかのように動いていく風景を眺めている様な不思議な感覚。
何処か多分森、そこの開けた場所に井戸があってそこに黒髪の一人の少女が桶をゆっくりと下ろしていく。
ふとその少女が顔を上げ、目を見開いた。
──…私……?
継ぎ接ぎのだらけの服の袖をまくり上げて井戸から桶を引き上げた少女はふぅっと息を吐いた。
「…今日は来ないのかしら…」
少女は森へと視線を向けた後、首を密かに振って地面におろした水の入った桶をもう一度持ち上げて、自らの家の方向へ歩き出した。
体は重さに傾き、しかし慣れているのか足取りはしっかりしたものだった。
その肩には小鳥が止まって居てチュンチュンと鳴いている。
少女はその小鳥に密かに笑ったが、直ぐに小鳥は空に飛んで行ってしまった。
少女は残念そうにその鳥へ視線を向けた後、また前を見据えて歩き出す。
「エラ!!」
突然、青年の声が響き“エラ”と呼ばれた少女は驚いたような嬉しそうな顔で振り向いた。
「グランッ!」
エラと呼ばれた少女は、嬉しそうにおそらく声の人物の名前を呼んで笑った。
呼ばれた青年も、笑顔でエラに駆け寄った。
「良かった、まだ居てくれて。もうちょっと遅かったら会えなかったな」
「あら、これでもちょっとは待ったのよ?でも来ないからもう行くところだったの」
ふざけるように笑いながらエラが言うとグランはふて腐れたように顔を顰め、さりげなくエラの手から桶を取り上げた。
そのことにエラも若干困った顔をする。
「グラン、ちょっと! 自分で持てるっ」
「だぁめ。俺がヤダ」
手を伸ばすエラをよけてグランはスタスタと歩いていく。その後をエラは駆け足で追いかけていく。
エラが追いつきそうになったとき、グランはいきなり振り返りいきなりギュッとエラを抱き留めた。
「ちょっ、グラン!!?」
驚いたように身を捩るエラにグランは耳元で呟くように静かに言葉を落とす。
「──…俺が居るときくらい俺を頼って良いんだからな」
グランの真剣な声にエラは口をつぐんで、少しの間の後嬉しげに笑ってこくんと頷いた。
その様子にグランも顔を崩して笑い、ギュッとお互いを抱きしめる手に力を込めた。
離れたく無い、と言うように。
「──レラ!!シンデレラ、何処に居るのっ!!?」
突如響いた鋭い声にエラはビクッと反応し、ハッとしたようにグランから離れた。
グランも憎らしげに声のした方向へ鋭く視線を巡らせた。その隙にエラはグランの手から桶を取り返していた。
「ごめんなさいグランっ、お義姉様が呼んでるからもう行くわ」
そう言って走り出そうとするエラに、グランは手を掴んで引き留めた。
「エラ、どうしてシンデレラなんて呼ばせたままにしてるんだ…っ!
こき使われて、このままここにいるよりも俺とここを出「シンデレラッ!! 一体何処に居るんだいっ」
今度はそこに別の女性の声が響きエラは掴まれた腕を振り払い止めていた足をまた動かし始めた。
「エラ…っ」
「…ごめんなさい。でもね、お義母様達は私が居なくなったら大変だと思うの…──だから、ごめんなさい」
エラはゲランを振り返らなまま、その場を立ち去った。
その小さな後ろ姿をグランは切なげに眺めていた。