二人の少女 01


少女は絶望し、失望した。ただただ唖然とそれ≠前に立ちつくしていた。
それ≠フ周りを囲みながらコソコソと耳打ちし合う親戚達の哀れむような眼差しが耐えられなかった。
きっと、聞こえていないと思って居るんだろう。それとも聞かせようとしているのだろうか。
「まだ、若かったのに…」
「一人娘もまだ高校も卒業してないじゃない」
「誰があの子を引き取るんだ」
「トラックの飲酒運転らしい。全く不運だな」
───何を、言って居るんだろう。
「こんなあっさりと逝くなんて」
何て他人事のように、話すんだろう。
少し先に父さんと母さんの身体≠ェ置いてある。その身体≠ノ縋り付くように泣き崩れた祖母ちゃんとその横に寄り添うように立ちつくした祖父ちゃんの背中が見える。二人とも小刻みに震えていてすすり泣く声がここまで聞こえてきていた。

父さんと母さんが死んだ。その日は結婚記念日で二人で幸せそうに笑いながらドライブに家を出て行った。
最後の会話は「行ってらっしゃい」って、いい歳してベタベタしてる二人に呆れながら適当に手を振って送り出した。その背中は幸せそうだったのに。
──次に合ったときは…もう、その身体、に温もりは残っていなかった。
今も、うまく現実を受け入れられないで居る。この世界に二人が居ないことが信じられない。否、信じたくない。
どうして、どうしてとその言葉だけが頭の中を回る。

「子供一人残して逝くなんてね」
「まだ学生でお金も掛かるのに」
どうして…─どうして、そんな言葉が出るんだろう。何で……っ。
怒りで手が震えた。次の瞬間にはその手の平にズキリと熱い痛みが走る。ソッと広げると、鋭く伸びた爪が皮膚に食い込んで真っ赤な生ぬるい血がぽたりと地面にこぼれ落ちた。
その痛みに顔を顰め、短く息を吐く。
そっと、ポケットに手を添えてその中にある物を確かめると少し心が静まった。その中にあるのは、母形見になる蝶を象った青い髪飾りだ。
祖父母達は、病を患っているし今回の事はきっと大きな変化をもたらすだろう。
これからきっと私はこの親戚の誰かに引き取られていくのだ。まだ未成年で、さらにまだ高校も卒業していない自分が一人で生活していくことが出来ないのは分かっている。──…その歯痒さに、奥歯をギリっと噛み締めた。



「嫌、嫌よっ…! どうして、こんな事に…」
暗く広い部屋に悲愴な声が響く。少女は開け放たれた窓の下に崩れ落ちたように身を壁に凭れさせ、座り込んでいた。
少女は虚空をただ、呆然潤んだ瞳で見つめ肩を振るわせる。その目には何も映っておらず、暗くくすんだ光を宿しているのみだった。
表情には苦痛の色が浮かんでおり、嫌だと否定するように何度も首を弱々しく振り涙を流していた。うわごとのように彼女は嫌、どうしてと繰り返す。
その部屋には彼女以外居らず、彼女を慰める者も問いに答える者も涙を拭いてあげられる者も誰もいなかった。否、誰か居たとしてもそれが出来る者は居なかっただろう。──…彼女の唯一の人はもう、居ない。
「お願いっ、嫌ぁ……ッグラン…」
少女は、痛む胸元を掻きむしる様に服がしわくちゃになるほどに握りしめ体を縮こまらせた。
その頬を伝い涙が床にポタポタと落ちて、シミを作る。
「こんな、の…望んでなんか居ないのにっ! …戻ってきて、グラン──」
少女の叫ぶような、言葉がその口から迸る。しかし、その願いはけして叶う物ではなく。分かっているからこそ少女は強烈にそれを求めた。その身体を、体温を、声を…─笑顔を。

「──哀れなシンデレラ。…お前は王子よりもその男を望むのかい?」
少女しか居なかった空間に突然少女ものではない、しわがれた老婆の声が響いく。
シンデレラと呼ばれた少女はハッとしたように顔を上げ声のした方向へ視線をむけた。困惑が濃く映るその顔が見たそこには黒いローブに身を包んだ老婆が薄く笑いながら立っていた。
少女は、直ぐに声の主を確認し、ゆっくりと口を開く。
「…魔法使い、さん。 私は、私が思っているのは彼だけなんです」
シンデレラは涙を流しながら魔法使いへと真摯に答え、今の現実に俯き唇を噛み締めた。
魔法使いはそんなシンデレラの様子に目を細め、呆れ混じりに短く息を吐きだした。
「王子よりも只の男を取るなんてなんて欲の無い子なのかねぇ。
 ──シンデレラ、愛しい男を取り戻したいかい?」
魔法使いの問いにシンデレラはパッと顔を上げた。その表情は戸惑いが浮かんだが、瞳に光がよぎったのを魔法使いは見逃さなかった。魔法使い口角をゆるくつり上げシンデレラを見下ろした。シンデレラは戸惑いながらもこくりと頷き、ジッと涙で濡れる目で魔法使いを見つめた。
そして、言葉は静かに落とされた。
「…過去をやり直すかい?」
魔法使いのその言葉にシンデレラの瞳に光が宿り、血の気が失せて青白かった顔に赤みが戻る。

「その代わり、その時お前には今の記憶はないよ。
 それにお前の代わりに“シンデレラ”になる、何も知らない子が犠牲になる。
 ──……それでも良いのなら、私の手をお取り」
魔法使いの言葉にシンデレラは目を見開き、戸惑ったように魔法使いに視線を向けた。魔法使いは何も答えない。
シンデレラはギュッと目をつぶって、下を向いた。
私の、代わりになる子がいる…
その事実は、シンデレラにとって重大なことでその選択に苦悩の表情を浮かべた。しかし、シンデレラは口を開いた。
「私は…っ」
数秒か数分シンデレラにとってはとても長く感じた沈黙の後。
シンデレラはギュッとつぶっていた目を開けた。
──そして、魔法使いの手にそっと自らの手を乗せたのだ。
刹那パァと白い光が部屋に満ち、シンデレラの意識は光の中に掻き消えていった。

「哀れなシンデレラ。幸せは自分の手で掴むものだよ。」
最後にそう言葉が部屋に響き、シンデレラは悲痛そうに目を伏せた。



光が消え、同時にシンデレラと魔法使いの消えた部屋にコンコンと控えめにノックが響いた。
返答の無い事にもう一度先ほどよりは強くコンコンと音が鳴る。
しかし、物音しない室内にやって来た男は不思議に思ったのか、再三再度ノックしながら今度は声を上げる。
「エラ、話がある。ここを開けてくれ」
しかし、一向に返ってこない声に痺れを切らし「入るぞ」と声を掛けた後カチャリとノブを回した。
室内に足を踏み入れた男はその中に誰もいないことに唖然と立ちつくした。
「……居ない? 部屋を出たという報告は来ていないはず…」
口内で「どういう事だ」と小さく呟き眉を寄せた。
男は困惑した。
逃げられず拘束されていたはずの女。自らが交渉し、逃がそうとしてここに来たはずなのにその人物は跡形もなくそこから居なくなっていた。

男はその深い緑の瞳にパタパタと揺れるカーテンを移すと眉を寄せてくるりと踵を返した。
男の鮮やかな金髪が舞い、その部屋からコツコツと急ぎ足で立ち去る足音が響く。
── 一歩、男は来るのが遅すぎた。
それでも、部屋にいるはずだった少女とあまりまだ関わりを持たない男は、逃げ出した少女のために最善を尽くため歩みを進める。
しかし、それももうすべてが遅すぎたのだ。

異変に気がついた男は唖然と自らの身体を見下ろした。
光が、溢れる。
「な、に…っ!?」
その刹那、世界は光に包まれた。



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