花籠の小鳥 05


メイディアは入ったその部屋を見て、緊張に身体を震わせた。
整えられた室内。料理はまだでていない。恐らくこの後運ばれてくるのだろう。
豪華なその内装は、まさに領主様の家らしい。
そして、大きなテーブルと、そこに座る人。
──前領主様と奥様だ。
このお二人にも随分とお世話になった。
二人は穏やかに笑みながら、入ってきたアレクサードを見てそして方に止まる小鳥を見て小さく首を傾げた。
「アレク、その子どうしたんです?」
「随分珍し羽色をしているな」
向けられた言葉と、その視線にメイディアは余計に緊張に身を縮こまらせた。
アレクサードは笑いながらメイディアに指を差しだした。
つまり乗れと言うことだろう。
メイディアにとってそれはまだ危険であったが、答えないわけにはいかない。
緊張する身体を何とか落ち着けてその指へとメイディアは慎重に乗り移った。
アレクサードは指に乗ったメイディアをそっとテーブルの上へと下ろした。
メイディアは戸惑ったようにアレクサードを見上げるが、彼は面白がるような楽しそうな顔でメイディアを見下ろしていた。
ここは仮にも食事が乗せられる場所で乗って良いような場所ではない。
しかし戸惑うメイディアをそのままに、アレクサードは直ぐ側のイスへと腰を下ろした。
「メイディア、父上と母上の所まで行け」
ジッと笑いながら言われる。
それは二人の前まで歩いて行けと言うことか。
キョロキョロとご夫妻と領主様を交互に見回して、戸惑うように直ぐ側の領主様を見上げた。
ご夫妻も、私が乗っていることに注意を飛ばすこともなく興味深そうにこちらを見ている。
「ほら、行けるだろう?」
後押しするように言われてメイディアは戸惑いながらもご夫妻へ歩き出す。
とことこと歩きながら時々領主様を振り返るが、彼は満足そうに笑っていた。
ご夫妻の前までたどり着き、止まって二人を見上げる。
ご挨拶をしなければと、メイディアは小さく鳥の姿で不器用に頭を下げた。
夫妻は少し驚いたようにメイディアを見るとアレクサードへ視線を向けた。
「この子は?」
「メイディアだ。メスの小鳥だな。中々賢いだろう、父上」
クスクスと笑いながらそう言うアレクサードに、前領主はしげしげとメイディアを見る。
「メイディア?」
「ピィ」
横から奥様が問うように言葉を落としたので、メイディアはそちらを見て肯定するように頷きながら鳴き声を上げた。
前領主は興味深そうな視線を強めてメイディアを見る。
「…しつけたのか?」
「さぁな、俺はそれを今日貰ったからな」
「貰った?」
疑問の声に応えたのは控えていたベートだ。
手早くそれを説明すると、聞いた夫妻はまたメイディアに視線を戻す。
興味深そうな視線は色をまし、メイディアは助けを求めるようにアレクサードを振り返った。
「ピ、ピィ…」
「アレク、これくれ」
「駄目だ」
しかし、飛ばされた言葉と素早く返された言葉に、メイディアはまたキョロキョロとその二人を見回す。
前領主はその様子を見ながらまたゆっくりと口を開いた。
「仕草がいちいち人のようで面白い。気に入った」
「駄目だ、今日はいちよ見せに来ただけだからな。
 それに俺に送られたものだ。俺も気に入っている」
そう言いながら、来い来いと手で合図され、メイディアは駆け寄るようにタタタと小走りにアレクサードの元へ走り寄った。
中々、身体のバランスの取り方も掴めてきた。きっと肩で落ちないように頑張ったからだ。
アレクサードは戻ってきたメイディアの頭を指で撫でながら笑う。
「ケチめ」
「何を言われてもやらないぞ父上」
「なら見せるな」
「見せなかったら後で気がついたときに何か言うだろう」
そのやりとりにメイディアは目を白黒させ二人を交互に見回す。
なんだか少し想像していたのとは違う人々な気がしてきた。
その会話を止めたのは奥様だった。
「ほらほら、お話は後でも出来るでしょう。折角のお料理が醒めてしまうわ。
 ベート、運んできてもらえるかしら」
「はい、ただいま」
ベートは出て行き、会話は止まった。多分、珍しいことでは無いのだろう。
しばらくして料理が運ばれ始める。
メイディアはテーブルにのったままだった。
料理を置く使用人の人たちは怪訝そうにメイディアを見て行く。
アレクサードを困ったように見上げても頭を撫でるだけで肩には乗せてくれなかった。
そして、食事が始まる。
かちゃかちゃと食器の音だけが鳴る室内で、メイディアは相変わらずテーブルの上にいた。
とりあえず、羽が飛んではいけないので身動きは取らず、ジッと立ちっぱなしだ。
会話は無い。
そんな中、立ちこめるその匂いにメイディアは身体を動かさないままジッとそれを見ていた。
…─料理を。
朝から何も食べていない。
食事として出されたのはミミズでもちろん食べることは出来ず。
そして目の前にある、良い匂いの料理達。
…おいしそう。
もちろん、見たこともないような豪華な料理ばかりが並べられている。
サラダでさえ、美味しそうだった。
ジッと、見ているメイディアに気がついたのか、アレクサードは視線をメイディアに向けると首を傾げた。
「腹が減ったのか」
そう聞かれて、思わずコクリと首を振る。
アレクサードはそうかと小さく呟くとベートを呼んだ。
「…ベート、さっきのあれを後で」
「ピィ!」
思わず上げた鳴き声は思ったよりも大きく響き、食器のかちゃかちゃと言う音が止む。
それでも、メイディアはこちらを向いたアレクサードに精一杯の気持ちを込めて嫌々と首を左右に振った。
アレクサードは興味深そうにこちらを見る。
「なんだ、アレはいやなのか」
そう言われて今度はメイディアは肯定するように縦にコクコクと首を振った。
アレクサードは少し考えるようなそぶりをし、おもむろに自分のサラダへと手を伸ばした。
その行動に声を上げたのはベートだ。
「旦那様!何をなさいますっ」
しかし構わずアレクサードはサラダの葉を少しちぎった。
そしてそれをそのままメイディアの口元まで持っていく。
「これならどうだ?」
メイディアは差し出されるそれを思わず凝視する。
人の手から貰うのは少し、否かなり抵抗があったが自分の手でやるのは無理だと分かっているし何より、
…─自分の食欲に勝てなかった。
メイディアはそれに恐る恐るくちばしを寄せるとパクッと食べた。
しゃきしゃきとした食感が口の中に広がり、それをゆっくりと飲み込んだ。
少し満たされたお腹に、嬉しくなり頭をアレクサードの指にすり寄せるとゆっくりとその指は撫でてくれた。
「ベート、これからはこの葉をエサにしよう」
「…わかりました」
ベートは疲れたように息を吐き出しながら頷いた。
「そうの方が良いだろう?」
今度はそう聞かれて、メイディアは嬉しそうに頷いた。
もうきっとアレと対面することはないだろう。
「やっぱり良いな」
その声に振り向くと、前領主様がジッとこちらを見ていてばちっと目があった気がしてメイディアは思わずそろりと目を反らした。
小さく「やっぱり欲しい」と呟く声が聞こえた気がしたけどきっと気のせいだ。



あの後、領主様方の食事が終わってベートさんがサラダの葉っぱを一枚持ってきてくれた。
それをなんと領主様が直々にちぎって私に食べさせてくれたのだ。
正直、とても気恥ずかしかったが素直にそれを食べた。
ちゃんとご飯を食べられるのは嬉しい。
持ってきてくれた葉っぱの量は一枚を食べきって丁度良いくらいで、おかわりを聞かれて首を振った。
「お前は本当に、人間みたいだな」
可笑しそうに笑いながら領主様は言い、私を寝床の花籠へ下ろした。
そして、背を向けて自分もベットへ向かうとしかしその横の花瓶へと手を伸ばした。
それを見てメイディアは小さくあ、と声を漏らす。
「ぴ」
でたのは鳴き声だった。
その花瓶に刺さっていたのは目を覚ましたときのも見た自分が作った花束の花だった。
アレクサードはそこから白いセレイヌの花を一本抜き取るとそれをメイディアの元へと持ってきた。
そっとそれをメイディアの側に置くと、ゆっくりと指でその頭をなでる。
「良い香りだろう?」
そう言って笑いながらアレクサードはメイディアから指を離して部屋の明かりをけすと今度こそ自分のベットへその身を預けた。
メイディアも籠の中に敷き詰められた布の中に身を横たえる。
顔の前には自分で摘んで、そして今領主様が持ってきてくれたセレイヌのお花。
控えめな良い香りが鼻をくすぐり、メイディアはちゃんと自分の花が飾られていた事に嬉しさを覚えた。
そして、落ちる意識の中思い浮かぶのは頭を撫でた領主様の顔で。
メイディアはその花を見ながらゆっくりと眠りについたのだった。



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