花籠の小鳥 04
「…はこ…て…わって…も…たか…」
「それ……よ…いる…ことで…?」
メイディアは小さく耳に届いて来た声に軽く身じろぎした。
耳に馴染んでいない、男の人の声。
誰…?
「…まえは…まあいい…」
ガサガサという音が顔の近くから聞こえた。
メイディアは、重たい目蓋を押し上げて身じろぎする。
目に入ったのは見慣れない室内だった。
…ここはどこ?
「ベート、小さな眠り姫が目覚めたぞ」
今度ははっきりと聞こえた声。
眠り姫?
言葉に声の方へとぼんやり視線を移してメイディアは硬直した。
そこにいたのは、…巨人。
メイディアは目を見開いてバッと立ち上がる。
が、何故かバランスを取ることが出来ずにコロンと転んだ。
地面についた筈の手を見てメイディアはまた固まる。
あったのは、青い羽根に覆われた自分の手…─否、翼。
「メスなんですか?」
少し遠くから、そんな声が届いた。
自分に向けられている視線。
…メス?
「小さな青い女の子
天の愛し子、名はメイディア
賢くて優しい孤独な子
飛べない小鳥
無力な子
天の愛し子、可憐な少女≠アれを持ってきた老婆は詩人か何かか?」
「はぁ」
青い女の子?
飛べない小鳥。
…ろう、ば
メイディアはハッと先ほどの事を思い出して目眩がした。
…さっきのお婆さんだわ。
そう、私は小鳥になった自分の姿を見て気を失ったんだった。
その事実と夢ではないあり得ない事態に、メイディアは唖然とその場から動けなかった。
信じられない、信じられない。
それにここは何処なの?お婆さんは?
戻して貰わなければならないのに。
戻る方法はお前の思い人と結ばれることだ
そこで、お婆さんの言葉を思い出す。
メイディアは血の気が引いた。
お婆さんの言う私の思い人は領主様。
結ばれること、つまり領主様に好きになってもらうと言うこと。
…無理だわ。
メイディアは即座に思った。
第一小鳥の姿でどうやって好きになって貰うというのか。
確かに、この姿になって寿命も後九年だといわれて、確かに必死にはなるかもしれないが、実質それが果たされるのは不可能に近い。
ど、どうすれば…。
「…メイディア」
何処か探るように落とされた自分の名前にメイディアは顔を上げて声の主を見上げた。
しかし、その後ろに見えたものに今度は目を見開いた。
思わず立ち上がる。今度は転ばなかった。
どうやら籠の中にいたようで、周りには布と花がしかれていた。
その籠からどうしか降り、地面に降り立つとよたよたと、転ばないように気をつけながら歩き、それを確かめるために目をこらす。
しかし、前ばかりを見ていたせいか足下に気を配っていなかった。
─あの花は
フッと急に地面が消えた。
メイディアは襲ってきた浮遊感に思わず悲鳴をあげた。
「ピィ──ッ!!」
真っ逆さまに下へと落ちていく身体。
目に映ったのは天井と、恐らくテーブル。
私はあそこの上にいて落ちてしまったのだ。
やって来るだろう衝撃に備えて、メイディアはギュッと目をつぶった。
「─本当に飛べないのか」
しかし、衝撃はいつまでもやってこず。代わりに身体に触る暖かい温度にメイディアは知らず安堵した。
頭上から振ってきた呆れたような響きの声に強くつぶっていた目を恐る恐る開く。
そして、目に入ったその男の人の顔を唖然と見上げた。
身体がフッと上がっていき、先ほど落ちただろうテーブルの上に下ろされる。
「次は気をつけろ」
小さく注意されしかしメイディアはその男の人の顔を見上げていた。
…─その人の後ろに見えた生けられた花。アレは今日、私が領主様にあげるために作った花束だった。
そして、目の前の黒髪の暗い青みがかった瞳の若い男の人。
自分と似た、でも違う色の瞳。
…あの頃よりの面影を残し大人びた、領主様だった。
──下準備は、どうやら整ってしまっているようだった。
メイディアは、困っていた。
あれから、どうやら私の寝床と決定したらしい花籠と、その定位置になったらしいテーブルの上。
ソノにいる、それと対面させられていた。
「食べないのか?」
言ったのは誰か、メイディアは目の前のそれに気を取られて分からなかった。
それはウネウネと動くそれ。
…─ミミズ、
これを、食べろと。
ミミズは苦手なわけではない。
雨の日はよく見るし、虫にはなれている方だろう。
だけど、身体が小さくなり大きくなったように見えるそれを食べろ、と。
大きくなくても、食べるのは無理といえたが。
「…ぴ、ぴぃ」
言葉でそれを訴える事は適わず。
嫌々と首を振って後ずさることしか出来なかった。
そうしながら訴えるように目の前の人を見上げる。
それを見た領主様が小さく首を傾げる。
「何故食べない?」
「お腹が空いていないのでは?」
そう答えたのか疑問を返したのか、ベートが言いアレクサードはそうかと納得したように頷いた。
これをわざわざ取ってきてくれたのはベートだ。
申し訳無いと思う、それにお腹も空いているが…。
メイディアはそろそろと視線をそれに移して、パッと直ぐに違う方へむき直した。
…む、むりです
「ぴぃ」
小さく泣いた声を何だと思ったのか領主様はにっこりと笑ってメイディアを優しく撫でた。
メイディアはそれを見上げる。
「大丈夫だ、ちゃんと取って置いてやろう」
「分かりました、保管しておきます」
「ぴぃぃぃぃぃっ」
誰もメイディアの叫びに気がつくことは出来ず。
メイディアは籠の中に戻されながら、次にそれと対面する時を想像して青白くなった。
取りあえず、見た目には現れないが、今すぐ気を失えそうなぐらいには。
乗せられた籠に座り込みながら、メイディアは祈る思いで天を見上げた。
少しして、退室していたベートが部屋をノックした。
「旦那様夕食の準備が出来ました。大旦那様方がお待ちです」
「分かった」
スッとアレクサードは立ち上がった。
離れたテーブルの上からそれを見ていた。
しかし、身動き一つしない。
実質、お腹が減って動くのも億劫になっていた。
そう言えば今日は朝に果実を少し食べたほかには何も口にしていないのだ。
「メイディア」
静かに呼ばれて顔を上げる。
領主様が、手の平を上に向けてこちらに差し出していた。
それが何か分からず小さく首を傾げる。
「乗れ」
そう言われて、言葉に従う。
何処に連れて行ってくれるんだろうか、領主様はこれからご飯を食べに行くのではなかったか。
爪を立てないよう気をつけながらその手に乗って領主様を見上げた。
しかし、領主様はそのままその手を自分の肩まで上げて、止めた。
肩に乗ればいいのかしら…?
メイディアは戸惑いながら肩へと乗り移る。正解だったようで、手は直ぐに下ろされた。
そして、ゆっくりと領主様は歩き出す。
その振動が肩まで伝わり、この身体になれていないため正直辛い。
揺れそうになる身体を必死でたもつ。
部屋を出てきたアレクサードを見たベートは軽く眉を顰めた。
「メイディアを連れて行くのですか」
怪訝そうに言ったベートにアレクサードは困ったように笑った。
この流れだと、やはり私は一緒に食堂へ行くのだろうか。
領主様を見上げると、彼は真っ直ぐにベートを見ていた。
「初めて来たところでは一人では不安だろう。
それに、父上と母上に見せようと思ってな、メイディアは賢いだろう?
むやみに歩き回らない、何よりも飛ばないからな」
そう言って、アレクサードはメイディアの小さな頭を人差し指で優しく撫でた。
それが心地よく、指にすり寄れば領主様は笑った。
やっぱり、領主様は優しい方だ。