花籠の小鳥 03


この地の領主であるアレクサードの家に訪問者を知らせるノックが響く。
執事であるベートは、突然の訪問者に首を傾げながらもそのドアを開いた。
キイィとドアの軋む音が聞こえ、べートはそろそろ替え時かとそんなことを考えながら目の前にいる客人を見下ろした。
訪問者は背の低い年老いた女性だった。
その女性は品の良い笑みを浮かべ、ベートを見上げる。
「どちら様でいらっしゃいますか?」
この屋敷にしては珍しい客人だった。
今日は誰かが訪れるような予定もなかったはずだ。
だとすると、この街の住人だろうか。
不思議に思いながら問えば、その女性は少し困った様に笑った。
「…いえ、名乗る者のほどではありませんわ。
 今日は領主様にお願いがあってまりましたの」
その上品な仕草にベートは好感を覚えて少し笑みを浮かべた。
ただお願いという言葉に首を傾げる。
この女性は、恐らくこの町の人なのだろう。
ならばそのお願いとは何なのか。
「私がお話を聞いてもよろしいですか?」
女性はえぇ、もちろんと清らかに微笑んだ。
そしておもむろに手に持っていたものをベートへ差し出す。
「まず、こちらを」
渡されたのは花束だった。
それをベートは受け取り、香った香りに頬をゆるめる。
良い香りだ。
恐らく、献上品と言ったところだろうか。
しかし、女性は困ったように笑むとゆっくりと口を開く。
「それは、ここの玄関に置いててありましたの。もしかして誰かからの贈り物かと思ったのですが」
頬に手を当てて言う女性にベートは何度か瞬きをした後合点がいって頷いた。
「えぇ、間違いありません。ありがとうございます」
女性はその言葉にほっとしたように笑む。
ベートは少し目を細めて花束へと視線を落とした。
それならば、もうこの屋敷に馴染んだものだ。
いつからか玄関先に置いていかれるようになった可憐な花束。
それは毎回、種類は変えられセンス良くまとめられたものだった。
送り主は分からない。いつも気がついたらそこにあるのだ。
…─ただ、領主様へ≠ニ女性の字で書かれたカードを添えられて。
その花は、毎回領主様の部屋へと飾られている。
「それで、お願いと言うよりも贈り物として受け取っていただけると嬉しいのですけど」
おずおずと響いた女性の声にベートはハッとなって顔を上げる。
これこそが本題なのだろう、女性は真っ直ぐとベートを見た。
そして今度は少し大きめの手に持っていた花籠を差し出す。
ベートはそれを見てほんの少し目を見開いた。
「珍しいですね…」
花籠の中には柔らかそうな布が敷かれ、いくつかの花が添えられて居た。
…─その中心には横たわる、小さな小鳥。
とても珍しい綺麗な、青い鳥が横たわっていた。
その女性は、困ったようにまた笑う。
「えぇ、でも飛べないようなのですわ」
「飛べない?」
女性は哀れむような慈悲の含む目で小鳥を見ると悲しそうに目を伏せた。
「私の娘が鳥が駄目で…。私は面倒を見て上げたいのですけどね。
 それに下手な方に譲ってこんな小さな子が見せ物にされても可哀想で。
 その点、領主様なら確実に安心でしょう?そう思って参りましたの」
女性はそう言ってペコリと頭を下げた。
要するに引き取ってくれないかと言うことだろう。
ベートは動かない小鳥に目を向け思う。
確かに青い鳥は珍しい。
ベートはふむと小さく唸り、女性へ視線を戻した。
「領主様に聞いて参りますので、少しの間ここでお待ちいただいてもよろしいですか?」
そう言うと女性は淡く笑み、ゆっくりと頷いた。
ベートはそれを見届けて屋敷の中へと引き返した。
屋敷の玄関がゆっくりとパタンと音を立てて閉じられる。
ベートが居なくなった玄関で、残された女性がニィと口元を吊り上げる。
「さぁ、お膳立てはして上げたからね。頑張るんだよ」
その口調には先ほどの穏やかさは微塵もなく。
その女は、しわがれた声でそう籠の中の小鳥へ言葉を落とした。
そしてその小鳥の入った籠を無造作に地面に置くと、女性は低く笑った。
「応援してあげるからね」
そう、言葉を落とすと女性の周りに突如風が起こりだし。
その風が止んだ頃。
…─女性の姿はその場所から掻き消えていた。

キイィィ、と玄関の戸が開かれる。
「お待たせいたし──…おや?」
そこから外へ出たベートは、そこにいるはずの人の姿がないことに気がついて首を傾げた。
当たりを見渡すがその人が見あたることはなく。
視線を落とした先には、鳥の横たわる一つの籠が置いてあった。
ベートはそれに手を伸ばすと持ち上げ中をのぞき込む。
そこには変わらず眠る青い鳥が居た。
そのまま外に居るわけにもいかず。
ベートは居なくなった女性に首を傾げながら、その籠共に屋敷の中へと戻っていたのだった。



コンコンと控えめなノックが室内に響く。
その中で書類と向き合っていたその男はそこから目を離さぬまま声を上げた。
「入れ」
その言葉を言うと直ぐにその扉から人が入ってくる。
「失礼いたします旦那様。先ほど覗いました小鳥です」
その人物は深々と一礼し、そして手に持っていたそれをその男…─アレクサードへと渡した。
アレクサードはそれを受け取りながら、のぞき込んで頷いた。
「確かに珍しい色だな」
「はい、ただ上手く飛べないそうです」
ベートはそう報告し、しげしげと鳥を観察しだした主人に背を向けて今週も届いた花束を解いてその部屋の花瓶へと生け始める。
その所行に何か反応することもなくアレクサードは首を傾げた。
「鳥はこうやって横たわって眠るものだったか?」
「それほど弱っていると言うことでは?」
疑問に疑問で返され、アレクサードは自分の父ほどの年齢の男を見上げて苦笑いした。
「お前は…まあいいか」
言いかけて止める。こちらを見ない背中に言う気を無くした。
ふと視線を手元に落としたとき、籠に紛れた紙を見つけてアレクサードはそれにサッと目を通す。
そして視界の端、見つけた変化にしかしまた口を開く。
「ベート、小さな眠り姫が目覚めたぞ」
その言葉とその面白がるような響きにベートも振り返ってアレクサードの視線の先を追った。
アレクサードは手の中の籠に眠る小さな命に薄く笑みを浮かべた。
「メスなんですか?」
と疑問の声が響き、アレクサードは手に持った紙をヒラヒラとさせてベートにそれを渡した。
ベートはその紙をのぞき込み軽く溜め息を吐き出した。
「小さな青い女の子
 天の愛し子、名はメイディア
 賢くて優しい孤独な子
 飛べない小鳥
 無力な子
 天の愛し子、可憐な少女≠アれを持ってきた老婆は詩人か何かか?」
「はぁ」
ベートは答えることが出来ず、紙の内容を読み上げたアレクサードに間の抜けた声を返した。
そしてもう一度、ベートはアレクサードの手元に視線を落とす。
アレクサードは籠をテーブルの上に置きジッとそれの動きを逃さぬように観察し出す。
ベートは全ての花を花瓶に挿してアレクサードの側に控えた。
「…メイディア」
何処か聞いたことのあるような名に、アレクサードは小さく首を捻り小さくその名を落としたのだった。



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