花籠の小鳥 02
“領主様へ”と書いたカードを花束に挟み込んで籠の一番上に乗せるとメイディアは直ぐに家へと帰る道をたどりだした。
時間をぼんやりと過ごしているのはもったいない。
朝食代わりの果実はあの花畑に行く前に見つけて食べた。
これから帰って家のことをしてご飯を食べたら直ぐに街へ行かなければならない。
ここから家へも少し時間が掛かる。
しかし、少し早歩き気味にあるっていたメイディアの視界に来るときは目に付かなかった黒≠ェ視界に移った。
立ち止まったその先にいたのは、黒い服を着て立ちつくす老婆だった…──。
こんな所に人が居るのは珍しい。それもお年を召した女性だ。
メイディアは思わずその老婆に声をかける。
「お婆さんこんなところでどうしたのですか?」
何も答えないその老婆にメイディアは首を傾げてさらに問う。
「お婆さん、道に迷ったのですか?」
老婆は、そんなメイディアの様子を見て笑った。
何が可笑しかったのか分からないが、取りあえず反応が返ってきたのでメイディアは少し安堵する。
「えぇ、実はそうなんだよ。この森にある泉を探しているんだけど見つけられなくてねぇ」
困ったように笑いながらそう言った老婆に瞬きをパチパチと繰り返して考えるように首を捻ると直ぐにパッと顔を輝かせた。
その場所に心当たりがあった。幸いここから随分近い。10分も掛からずに着く場所だ。
老婆はそのメイディアの様子に眩しいものを見るように目を細め、彼女の言葉に耳を傾ける。
「私、その場所知っています!一緒に行きましょう」
そう言って、メイディアは無邪気に笑いながら老婆の手を引いて歩き出す。
こんな所にお婆さんを放って行く事などメイディアには出来なかった。
歩きながら、メイディアは聞いた。
「何故、泉に行こうとしているんです?」
その問いに老婆は、少し笑った後答える。
「昔来たことがあってねぇ。 思い出した行きたくなったんだけど、迷っちゃってねぇ
あんたが来てくれて助かったよ」
感謝されたことに少し照れくささを感じてメイディアは薄く頬を染めた。
掴んだ老婆の手は温かい。
そうしていると、今度は老婆がメイディアに聞いた。
「あんたは何でこんな所に居るんだい?」
そう聞かれてメイディアは少し困ったが素直に答えた。
自分が尋ねたように、不思議に思うのは当たり前だった。
「森に咲く花を摘みに来てるんです。これを街で売って生活しているので」
籠を見せながらそう言うと、老婆は目をパチパチとさせた後メイディアの顔を見て首を傾げた。
その動作が妙に若い人のそれのようでメイディアは笑った。
次に質問されるだろう事にも予想は付いていた。
「親はどうしたんだい?」
「昔に無くなりましたので、一人暮らしなんです」
そう答えたらもう声は返ってこなかった。
泉にはその直ぐに後に到着した。
老婆は喜んで手をたたいていた。その様子を見てメイディアも嬉しくなって笑った。
老婆はその様子を見てさらに目を細めて、微笑んだ。
「ありがとう、助かったよ」
「いえ、どういたしまして」
感謝の言葉にペコリと頭を下げると、老婆は少し笑った。
何に笑ったのかはよく分からなかったが、何か可笑しかっただろうかと思って首を傾げる。
何度もないと首を振って老婆はメイディアが手に持つ籠を指さした。
「お礼にそれを一つ貰おうかね、いくらだい」
「え、良いんですか?」
老婆は笑いながら頷いてメイディアは目を輝かせた。
申し訳ないがとっても嬉しい。
籠から一つ花束を取り出すとそれを老婆に渡して代金を受け取った。
老婆はその時に目に付いたのか、他のものよりも大きな花束を見つけて目をしばたかせた。
「それは?」
「こ、これは差し上げるものなんです」
今まで人に領主様に花をあげていることを言ったことはない。
だから誰もメイディアがそんなことをしているのを知らない。
なんだかとても気恥ずかしかった。
その様子を見て老婆はニヤリと笑う。
「領主様が好きなのかい?」
「えっ!?」
言われた言葉に驚く。相手のことは言っていないはずなのに言い当てられたこともだが、好きと言う言葉にさらに驚いた。
好き?私が領主様を?
「初めて上げるのかい?」
「い、いえ、ずっと前から…」
その言葉に老婆は驚いたようで、少し目を見開いて言葉を漏らした。
「自分の名前も書かずにかい?」
「え?」
老婆の視線をたどって籠に目を落とせば、見えたのはカードだった。
領主様へ≠ニそれだけ自分の字で書かれたカード。
これで分かったんだという納得と困惑で見上げればたくらんだような顔で笑った老婆の顔があって。
「確かに年の差はあるがお前ほどの娘なら諦めることはないさ」
「えぇ!ちょ、違います!」
なんだかとんでもない方向へと行きそうになっている気がしてメイディアは叫ぶ。
しかし老婆は何でもないように全く気にせずに話を進める。
「勇気をお出し、お前なら大丈夫さ」
「違いますって!」
老婆は鼻歌でも歌い出しそうな勢いで上機嫌に言い続ける。
もはやメイディアの否定など聞いても居ない。
頭を抱えたくなった。
「何?勇気がやっぱりでないのかね」
「…違います」
ついて行けない。
どういえば違うと理解してくれるのか。
確かに、確かに領主様は好きだけど、それは領主様としてで…。
お花を贈るのは感謝の気持ちとしてで、領主になられて忙しい中少しでも気を休められるようにと思っての事で…。
でも、3年も送り続けているのはやり過ぎなんだろうか?
「私が協力して上げようかね」
あぁ、もう…。
「だ、大丈夫です!結構ですから!」
老婆は笑う。
何か企んだように、嬉しそうに。
その時メイディアはやっと老婆に対して警戒心を抱いた。
嫌な予感がする…。
「嫌でも、動かないと行けない状況になればお前も動けるだろう?」
そう言う老婆の手に、いつの間にか木の棒が握られていた。
どこから取り出したのか。
全く分からない。
それにそれは棒と言うよりも何処か杖のような…。
メイディアは老婆の得体の知れなさに後ずさる。が、遅かった。
その棒が光を放つ。
メイディアは驚いて逃げようとしたがその光はメイディアの身体を絡め取り、その全てを飲み込んだ。
やがて光は収まり、メイディアはゆっくりと恐る恐る目を開く。
そして映った景色に唖然として、言葉を失った。
…大きい、大きすぎる。
周りのものが大きくなっていた。
地面に生えた花や草はメイディアの背丈ほどある。
また目の前に立つ老婆は巨人のように巨大になっていた。
その老婆から自分を握りつぶせるほどの大きな手が伸ばされてメイディアは思わず悲鳴を上げて逃げだそうとした。
「ピィーッ」
しかし、口から漏れた声は何故か高い小鳥のような声で。
逃げだそうとした身体は何故かバランスがとれずに地面に崩れて。
直ぐに巨大化した老婆の手に捕まった。
そのまま、地面が遙か遠くに離れて行く。
高さは老婆の目線と同じ所まで持ち上げられた。
「馬鹿だねぇ。お前が小さくなったんだよ」
「ピッ!?」
知ったように告げられた老婆の言葉にメイディアは声を上げた。が、またそれは鳥の声で。
メイディアは混乱しそうな頭を何とか落ち着けようと頑張るが無駄だった。
そんな思考のまま老婆を見上げる。
「いいかい?お前は今小鳥だ。
鳥と人の寿命は違うからね、一年もその姿で居れば人間では五年も歳をとっちまうからよ。
そのままだと生きられて後九年って所だね」
鳥!?寿命?後九年!?
老婆のかけられる言葉にますます混乱は強まっていく。
信じられない。鳥?鳥なのか今自分は。
理解したのはこのままだと長く生きられないと言うこと。
「戻りたいかい?」
理解は出来ないが、自分のこれからを握っているのは目の前のこの人だと言うことは分かる。
コクコクと首を縦に振る。
そうすると老婆は満足したように笑った。
「良いかい?
戻る方法はお前の思い人と結ばれること≠セ」
思い人と結ばれること。
思考を巡らせ、たどり着いた結論にメイディアは目を回しそうになる。
それを面白がるように見ていた老婆は不意にどこからか鏡を取り出し、それを私に向けた。
「これがお前の今の姿だから覚えて置くんだよ」
鏡に映ったのは、小さな空色の羽とそれよりも深い海の青の瞳の小鳥だった。
自分の目で見てそれを自覚したメイディアはあまりのショックに気を失った。
「おやおや」
そう、笑う老婆の声が遠くで聞こえた気がした。
その日領主アレクサードの家に珍しい客が訪れた。
その屋敷に仕える執事のベートは玄関先で迎えたその客を不思議に見つつ領主様への贈り物のだというそれを受け取った。
一つはもうその屋敷になじんだ、玄関先に落ちていたという誰からも分からぬ花束。
…─後の一つはその客である老婆からの贈り物だという珍しい眠った小さな青い鳥だった。