捧げる花束 01
街の外れの森の入り口辺りにはまだ年若い少女が一人小屋に住んでいる。
少女はメイディアと言い、艶やかで美しい肩ほどまでの空色の髪とそれよりも深い海の青の瞳を持つ少女だ。
メイディアは14歳の時両親を盗賊に襲われて無くし、両親と共に過ごした家で18歳になった今も一人で暮らしていた。
いくら街に来るように言われても頑として首を縦に振らずに、両親との思い出が残る家に住み続けた。
街のメイディアを知る者は言う。
──…まるで天使のように心優しく可憐な娘だと。
木の匂いがする部屋に朝の日が差し込み、その光はベットの細い青の髪を滑り落ちる。
ギシッとベットが軋む音がして、ベットに横たわっていた少女はその身を起こした。
「…んー」
小さく唸りながら手を伸ばして伸びをすると、少女はゆっくりと床へ足を落とした。
少女……─メイディアの朝は、朝日が昇ると同時に始まる。
メイディアは素早く着替えると、髪の毛を手早く後ろでまとめて身なりを整えた。
「よしっ、今日も頑張りましょう」
小さく自分を元気づけるように声を漏らして、メイディアは寝室を出る。
こうして彼女の日常は始まる。
メイディアの一日は忙しい。
一人暮らしをしているせいもあるが、街から遠いところに住んでいるこが大きい。
街まで長い時間をかけて歩かなければいけないからだ。
メイディアは両親と住んでいた独りで住むには大きな家を一人で掃除し、毎日の手入れを欠かさない。
それはもう習慣付いていて、たとえ使っていない場所であろうとメイディアは必ず綺麗に保っていた。
そして自分で料理をし、洗濯をし、火を焚くために薪を割ったりすることもある。
お金は両親が貯めてくれていたものがあったがそれだけでは生活していけない。
なのでメイディアは毎日近くの森にも入った。
森には探せばいろいろな薬草や花が咲いている。それを摘んで街で売り、何とか生活していた。
また森には果実や食べられる植物もあるので、メイディアはそれも摘んで食事にしていた。
そうしながら、細々と静かに一人過ごしていた。
朝一番にメイディアがする事は決まっている。
寒さに耐えるための厚手のコートを羽織って森へと行くのだ。
そこで薬草や花を摘み、家へ帰って昼食を取ったら直ぐに街へと売りに行く。
街では広場であらかた売れれば街の隅にある孤児院に向かう。この孤児院は、本来あのあとメイディアが入っていた場所だ。
子供達と、孤児院に勤める人たち。優しい人たちに溢れた場所。メイディアはここに通い、子供達と遊んだり仕事の手伝いをしたりしている。
また、薬草などを一番買い取ってくれる場所だ。
「…夜、雨が降ったのかしら」
メイディアは森の中、空を見上げてぽつりと呟いた。
そこに広がるのは木々の葉と隙間から覗く青い空。
今日は快晴だ。でも少し、いつもよりも湿った空気と水滴の付いた植物の葉っぱに、メイディアはあまり濡れないように気をつけながら森の奥へと進んだ。
メイディアが向かうのは森の少し奥まった場所にある。
毎日森に通うため、メイディアはいろいろな場所を発見した。
その場所に着いた彼女は眩しそうに目を細める。
…─その場所は森が大きく開け、その場所には色とりどりの花が咲き乱れた小さな花畑のような場所だった。
小さな花びらに着いた滴に太陽の光が注ぎそれが反射してとても綺麗に光を放っていた。
「…綺麗」
メイディアは思わず漏らすと、嬉しそうに笑った。
彼女は持ってきた大きめの籠から紐とナイフを取り出すと、近くにあった花をそのナイフで何本か切り取って持っていた紐で整えて結んでいく。
この小さな花束をいくつか作って街で売るのだ。
メイディアは丁寧に丁寧にそれを繰り返す。けして、沢山同じ場所から摘むことはしない。
そうして、籠が一杯になるまでそれは繰り返されるのだ。
メイディアは一通り作業が終わるとゆっくりと立ち上がって花畑を見回す。
…─確か、領主様最近はお仕事が増えて忙しいのよね
メイディアはそう思いながら花畑に咲く花を見て昔母に教えて貰った事を思い出す。
そして目にとまった白い控えめな可愛い花に視線を合わせてジッと考える。
あれは確か、セレイヌ…控えめな香りには癒し効果があったはず…。
そう思い出すと、メイディアはセレイヌの花を少し他の花束よりも多めに取ると、彩りに薄いピンクの花を一緒に摘んで花束を作った。
…それはメイディアが領主様に差し上げるために作ったものだった。
この花畑はメイディアにとって森の中にある他の花畑よりもずっと特別な場所だ。
それはメイディアが両親を亡くした時、あの時は両親と街へでかけ、帰るのが遅くなってしまったときだ。
…─家へ帰る夜道に運悪く盗賊と出くわしてしまった。
もちろん抵抗したが、武器を持ち大勢いる盗賊に無力なメイディア達が敵うはずもなく。
そこに来てくださったのが、馬で見回りの途中だったらしい今の領主様だ。
当時21歳でまだ領主を継いで居なかったあの方は異変を察して駆けつけてくださった。
あの時のことはきっと忘れることは出来ないだろう。
脳裏に焼き付いた両親の叫びは今思い出しても痛みを和らげることはない。
『どうか、娘を、娘だけは無事に!』
『お願いいたします!私達は構いません!娘を、逃げてください!』
盗賊からメイディアを守るように駆けつけてくださったあの方に向かって突き飛ばしてそう叫んだ両親。
その後ろから両親に刃物を持って斬りかかる盗賊の姿が月に光った。
ご領主様は、その時悲痛そうに目を伏せて私を連れて森へと逃げ込んだ。
当時はご領主様を両親を見捨てたあの方を責めたが今は分かっている。
盗賊達は人数が多すぎたのだ。あの人数を相手にするのは不可能だった。
だからあの方は必死に私を守ろうとした両親の意志を受け取って私を守ってくださった。
そして、逃げ出して着いた場所がこの花畑だった。
あの方は私を馬からゆっくりと花畑の中へと下ろした。
『…ど、して?お母さんとお父さんは…』
『すまない』
あの方はそれだけ言って、静かに頭を下げた。
涙を流す、幼いメイディアに。メイディアはその姿を見て、どうしようもない悲しみと怒りをぶつけてしまったのだ。
『どうして、助けてくれなかったの!!?』
『…』
彼は何も言わなかった。
ただそれに怒りを感じて、メイディアは泣き叫んだのを覚えている。
あの状況で、残された人がどうなるかぐらい、簡単に想像することが出来た。
『何で、何で!何で私だけ!』
『…君の両親が、身を張って君を助けたんだ』
それが何だというのか、と思った。
一人になってしまった。
『そんなこと、してほしくなかった!私もどうせなら一緒に…っ』
『駄目だ』
漏らした言葉に鋭い言葉が返ってくる。
涙が止まらないぼやけた視界で見上げたあの方の顔が厳しく悲しそうに強張っていた。
そして、あの方は私をジッと見下ろして、厳しく言葉を落とした。
『君は、生きなければいけない』
その言葉に泣きながら嫌だ嫌だと何度も喚いていたのを覚えている。
…─次の日、私は自分の部屋で目が覚めた。どうやって帰ってきたのかは覚えていなかった。
両親は、死んでいたと聞かされた。
それからしばらく、街の人達や知り合いに世話をされて過ごした。
励まされたし、心配もされた。
しばらくして長く住んだあの家に一人で戻るとその孤独感に打ちのめされそうになった。
何度も泣いて、死のうと思ったことも少なくはない。
でも、そのたびにあの時助けてくれた男の人を思い出した。
生きろ≠ニ言ったあの人。
何度も恨んだ事もある。でもそれは時が経つにつれて消えていった。
状況を理解して、あの人の言葉を考えることが出来て気がついたのだ。
あの人は、自分を守った両親の思いに答えて欲しかったのだ。
二人の分も生きて感謝して、前向きに幸せになって欲しかったのだ。
…─両親が私にそう願ったように。
そう思えるようになるまで、随分と時間が掛かった。
思い出すと、お礼を言っていなかったことに気がついた。
あの時は彼を批判し怒りをぶつけることしかできなかったから。
それで始めたのがこの花束だった。
ここの花畑に来たときだけ作り、それを領主様へ≠ニだけ書いたカードをはさんで街へ行ったときそのお屋敷の前に置いてきた。
一度では、足りない気がした。
だからそれ以来、それは止まることなく続いている。