もう一人の少女 24
シンデレラは居場所を見つけ、そして幸せに微笑んだ。
なくしたものと手に入れたものはあまりに大きく。
…──その頬に涙が伝った。
ギイィと大きな扉がゆっくりと開く。
その隙間から向こう側の光が漏れて思わず目を細めた。
そしてゆっくりと顔を上げてその扉の向こう側へ視線を向ける。
「…─」
扉の向こうに見えたこちらを振り向いて待つその人に笑みをこぼした。
──哀れで柔らかなシンデレラ。
可哀想な心優しいシンデレラ。
しかし彼女はすでに愛しい人見つけ、求めたのは王子様ではなく彼女を愛した青年だった。
──孤独で気高い二人目のシンデレラ。
居場所を無くしたシンデレラ。
何も持たない彼女は新たな場所を求めて、自分を呼ぶ人を捜し求めた。
鐘の音が聞こえる。
大きく響くそのおとは建物の中までも響いてそれを伝えていた。
「全く、不器用な奴らだ」
その音を聞きながら苦笑い気味に漏らされた呟きにマーサは笑いながら頷いた。
その発言はもっともだ。
「本当に随分大ごとになりましたしね」
「人騒がせにもな」
フンッと息を吐き出したヒューの表情はしかし優しげなもので。
マーサはそれを見ながら相変わらずだなとクスクスと笑った。
「…何だ?」
「いえ、そう言っても嬉しそうな顔をしてるなと思っただけです」
そう言うとヒューはギュッと眉を寄せた後、諦めたように息を吐いて笑った。
清々しく本当に嬉しそうなその様にマーサも一緒になって笑う。
「さぁ、今日は良い日だ!パーッっとやるぞ!」
「ただお酒飲みたいだけじゃ無いんですか?」
マーサの容赦ない言葉も笑い飛ばし、ヒューは笑う。
それに笑いマーサも酒と料理を運び込んだ。
それぞれのジョッキへ手を伸ばしてそれを掴むと、ヒューは高々とそれを上へ掲げる。
スッと息を吸い込むと、思いっきり叫び声を上げた。
「今日この日を祝って!」
「「乾杯───っ!!!」」
そうして、二人は祝杯を挙げた。
二人が出会い、運命は交差する。
そして出会った王子と二人目のシンデレラ。
偶然か必然か。
二人は出会いそしてまた歯車は回り出す。
歓声と手を叩く音が響く中でレオナルドはその光景を眺めた。
けして近くはない。
どちらかと言えば遠い距離から眺める二人の姿は紛れもない幸せに包まれていた。
その幸せそうな二人の表情を見てレオナルドは俯く。
──これが自分が壊そうとしていたものだ。
今、思う。
壊れなくて良かった。
壊さなくて良かった。
…兄様の、この表情を見れらて良かった。
心底、思う。
でも近くでそれを見ることは出来ない。
自分はそうする資格は無いと思っている。
今は遠く眺めているだけで。
ただ、未だ妬ましく思うこの気持ちはどうしたらいいのか。
自分にはその幸せはやはり無く、彼らの様に笑うことは出来ない。
まだ全てを振り切れた訳ではないのだ。
レオナルドは自分の中の黒い感情をもう感じたくなくて、その思いを無理矢理押し込めた。
ただいまは二人の幸せをただ祝って上げたくて、ギュッと唇を噛み締める。
そうして、遠くからしかし精一杯の笑顔と共に、大きな拍手を送った。
落とした鍵は、青の蝶。
強い心とその脆さ。
焦がす思いは強くなり、王子はシンデレラにたどり着く。
守られたシンデレラ。守ろうとしたシンデレラ。
それぞれ違う強さを持って、二人は動く。
鐘が鳴る。
煩いほどに大きく高らかに祝福するように。
人々の歓声が響き、手を叩く音が響いた。
またそれを遠く、高い場所から魔女は見下ろしていた。
「…おめでとうと言っておこうかね」
そう声が落とされた魔女の表情は何処か面白がるようなものを持ち。
魔女はふむとその顎に手を添えた。
「シンデレラは結局あの男と一緒になって死なず、レオナルドも思いこみに気がついた。
終いにゃ、小娘と王子までこれじゃぁねぇ…」
魔女はそう呟いて、嬉しそうに笑う明日香を見下ろした。
目を細めてジッと見た後ふうっと息を吐き出してしかしその顔に笑みを広げた。
「まぁ、負けを認めてやろうかね」
眼下に広がるその光景に、魔女は一緒になって手を叩いたのだった。
見つめたものは深く暖かく。
温もりはシンデレラを癒し優しさを与え。
もう離さないとしがみつく。
暖かな涙が溢れれば、それはまた心を癒し。
しずくを拭う、その体温にさらにしずくは溢れ出し。
シンデレラは何度もその名を呼んだ。
「エラ」
後ろから響いたその低い声にエラはパッと振り向いてその顔を柔らかく綻ばせた。
そんな様子を見て、グランもまた顔を綻ばせながらその自分よりも小さな頭を撫でる。
エラはその大きな手の主に視線を移して小さく口元をゆるめた。
「…もう起き上がって大丈夫なの?」
「あぁ、心配しなくても大丈夫だ」
エラはグランがまだ寝ていなければならないのを知っているが、頑張って気を遣わせないようにしているのに気がついて目元をゆるめた。
─今日は、特別な日だから。
頭を撫でるその手が気持ちよくてエラはフッと身体から力を抜いた。
心地よさそうに身体をゆだねたエラを腕の中に抱き込みながらグランは窓の外へと視線を移した。
遠くを見たその目にエラはふわりと笑みを浮かべる。
「…──丁度、始まったぐらいか」
「うん、そうだと思うわ」
「そうか…」
また窓の外に視線を移したグランに続いてエラもまた、森の先にいるはずの人に思いをはせて笑みを浮かべた。
そう、今日は特別な日だから。
彼女にとって、幸せでとても特別な日。
エラは手に持っていた白い花ビラを少し両手で包みゆっくりと窓の外へその手を差し伸べる。
遠くでゴーンゴーンと高い鐘の音が空から響きだしてエラはその手をゆっくりと広げた。
サラサラとすり抜けて流れて空を舞う。
風に揺れて辺りを彩った白い花びらにエラは嬉しそうに笑った。
「おめでとう、アスカさん」
どうか幸せになってくださいと、エラはこの気持ちを伝えるように空を仰いだ。
グランがその腰を抱き、エラを見下ろす。
彼の表情もまた何処か綻んでいて。
嬉しさにエラはその腕に手を添えた。
「エラちゃーん、グラーン!ご飯出来たわよー」
下から響く、グランの母の声に二人は顔を見合わせてそしてその幸せに笑った。
そしてエラはゆっくりと足を踏み出した。
「はーい、今行きます!」
彼女にとって出来た新しい居場所へ。
求めたものは何だったのか。
手に入れたのか、すり抜けたのか。
壊れたものと、新たなもの。
──シンデレラはただただ涙を流した。
物語は何処まで続くのか。
終わらない道、時間、未来、その全て。
──物語の終焉は…
クリストファーは隣に並ぶ明日香を愛しげに見下ろして柔らかく笑んだ。
その視線に気がついて明日香も少し恥ずかしそうに照れたように控えめに笑う。
「…─生涯、夫としてこの者を愛し抜くことを誓いますか?」
神父がそう、明日香へ言い、明日香はクリストファーを見つめたゆっくりと頷きそして笑った。
「─…誓います」
凛とした、はっきりとした誓い。
その様子にクリストファーは喜びに目を細めた。
「…─生涯、妻としてこの者を愛し抜くことを誓いますか?」
今度はクリストファーにその問いが向けられ、彼もまた明日香を見つめたままゆっくりと口を開いた。
「誓います」
視線を合わせたまま頷き会い、そしてお互いの手をギュッと繋いで握りしめた。
言いようの無い幸せが身体を包む。
「…それでは誓いのキスを」
その声が響き、クリストファーはベールを上げると明日香の身体へその腕を回した。
左手は背中に添え、右手をその頭へ運ぶとゆっくりとその黒い艶やかな髪を撫でる。
そして唇が触れる直前。
「…ずっと一緒に」
明日香が小さく漏らし、クリストファーは小さく愛おしそうに笑んだ。
添えた腕にグッと力がこもり、クリストファーはその身体を引き寄せる。
そして、答えるようにまた呟きを落とした。
「もう、離さない」
…─そして、ゆっくりとクリストファーの唇が明日香のそれに触れて重なった。
大きな歓声が辺りを包み、盛大な拍手が鳴り響いた。
白い壁に覆われたその空間の上。
覗く光が二人を祝福するように降り注ぎ、白い花びらが宙を舞った。