それは終わりと始まり 02


外に出て感じたのは、やっぱり違和感だった。
外≠ニ言っても、それはサンシャさんが自ら育ててる花が植えてあるお屋敷の庭だったけれど。
サンシャさん達は貴族だと聞いていた。(それにもやっぱり違和感を感じた。)
庭に出て、そのお屋敷の大きさと庭の広さに圧倒された。
庭には中心に綺麗な噴水があって、お屋敷の周りには石造りの塀で囲まれていて外は見えなかった。
でも、惜しみなく注がれる日光と、鮮やかに咲き誇る花たちとその匂いに目を細めた。
…気持ちいい。
「どう?気に入ってくれたかしら?」
サンシャさんとケイドさんは庭に設置してあるベンチに座って微笑ましげにこちらを見ていた。
シンディは、くるりと振り返ると迷わず言った。
「はいっ」
サンシャとケイドは目を大きくした後顔を見合わせて幸せそうに笑みを深めた。
シンディは首を傾げたが、なんだか嬉しかったので一緒に笑った。

噴水の水に手を入れて冷たさに、ビクッと一瞬身体を震わせたが気持ちよさにパシャパシャと遊ぶ。
その様子をサンシャ達がこちらを微笑みながら見ているのを気配で感じる。
…─とてつもなく、幸せだと感じた。
物足りなさは埋まらない。
でも違うところが暖かくて満たされるのを感じた。
ふっと、空気が動く。
ちょっと静かなのは変わらないけど人の気配が多くなった。
シンディは不思議そうにサンシャ達に視線を向けた。
それに答えたのはケイドだった。
「シンディ、気分転換に楽団を呼んだんだ」
「きっと、リラックスできるわ」
─楽団?
シンディはその言葉を聞いて、ジッとケイドを見つめた。
その様子にケイドは嬉しげに目を細めて、おそらく使用人の女性に声を掛けた。
おそらく何処かほど近いでもあまり目に付かない場所に待機しているのだろう。
楽団というのだから多い人数だと言うことは簡単に予想が付いた。
しばらくして、ゆっくりと音が聞こえ始めた。
シンディはゆっくりと目を閉じた。
サンシャやケイドも聞き入るようにその音に耳を傾けていた。
おそらくかなり腕の良い楽団なのだろう。
心地のいい音は、見事にまとまって美しい旋律を作り出していた。
サワサワと風が吹いて頬を撫でる。
その音は風に乗って、運ばれてくるかのようにその庭を満たしていく。
穏やかで、優しく慰めるように、そのおとはシンディの心を満たした。
─心地良い。
ぽっかりと開いた心に今までになく満たされていくのを感じた。
そして、直ぐに気がつく。
私が望んでいたのは、求めていたのはこれなのだと。私の心は、もうずっと前から音を求めて止まなかった。
シンディの口から小さく言葉にならない音が漏れる。
身体に染みついた習慣のように、それをするのが当たり前だったかの様に口が動く。
声が漏れて、それを無理矢理押さえ込んだ。
歌いたい。
その欲求は、しかし実行するには抵抗を感じた。
こんな感情は初めてだ。
いや、覚えていないだけで初めてじゃ無いのかもしれないけど。
ただ、思うままに歌って、この幸せな穏やかな時間を壊したくなかった。
そう思って押さえても、身体が疼く。歌いたい、と。心が叫ぶ。
その時、音楽が切り替わった。さっきよりもリズムに乗って少し軽快な音。
それでも何かを称えるように穏やかさと、何処か力強さを感じる繊細な旋律に、シンディはもう自分を抑えられはしなかった。

どうして世界は広いのだろうと
空に聞いた
声は返ってこない
ただ感じる大きな存在
どうして私はこんなに小さいのかと
空に向かって手を伸ばした

これこそが自分が求めていた物だと。
ただ見つけた嬉しさと幸福感、安堵、満たされていく感覚に私は気がつくと声を張り上げて歌った。
視線が集まるのを感じはしたが、もう何も考えられなかった。

私の小さな世界から
逃げ出したいと願った
広い何処かに
居場所を求めて
大きな空が広がって
自分もその一部のなのだと
考えては満たされた
世界の一部として
私はここで生きている


心の底から歓喜した。歌っていることに。
あの物足りなさはもうとっくに感じない。足りなかったのはこれ≠ネのだ。
これ≠ェ私なのだと、妙な安心感が胸を満たす。

何処かで聞いた
生きる意味など
最初から持っては居ないのだ
だから探す
大好きなものを
全てから逃げたとしても
大きな空が見守ってくれている
だから躊躇しないで

歌が、勝手に溢れ出す。
ただ思うがままに、頭に浮かぶ言葉をただはき出した。

私を捉える狭い世界から
逃げ出したい
あの広い世界で
羽を広げて
目一杯空に手を伸ばしたいの
私は歌う
大きな世界に救いを求めるように
思いを伝えるように

シンディはなっていた音楽が流れていないことに気がつかなかった。
サンシャやケイド、楽団や使用人。
皆が皆、シンディの歌に聴き惚れてただ茫然とそれを聴いていた。

手放せない物がある
とっても大切な
大事な物
きっとそれは
私が消えても無くならない
世界の中に
私がとけ込んでしまっても
それは消えて無くならないもの


夢中になりすぎて気がつけなかった。
ただ、歌った。
自分の身体がふらついていることにも、やっと手に入れた自分≠。
異変に一番に気がついたのはサンシャだ。
ケイドに何かがおかしいと訴えた。
そして、ハッとしたケイドはシンディを見て、彼女の身体がふらついていることに気がつく。
「シンディ!」
何処かで、誰かの叫んだ声が聞こえた。
─…私を、呼んでる。
違う。私じゃないの。私の名前は、違うのよ。

もしここから出られたなら
きっと私は涙に消える
大事な物だけ
大事に包んで
消えてしまわないように
そして忘れてしまわぬように
声高く歌う
それは大きな世界に捧げて
歌はきっと
空を満たす


歌声が途切れた瞬間。
シンディは全身から力が抜けて、ガクンと足下からその場に崩れ落ちていた。
ケイドが叫ぶ。
「シンディ!!」
…違うの。それは私の名前じゃないの。
じゃぁ、私は誰なの?──私は…。
「誰か誰か、医者を呼んで!」
落ちる意識の中で、サンシャさんの叫び声が遠くで聞こえた気がした。



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