おまけ


─俺は激しい雨の日に弱った小動物みたいな女を拾った。
否、女と称すのは間違っているかもしれない。
なぜなら、─…彼女はまだ女子高校生の様だからだ。

「ごめんなさい……。他に好きな人が出来たの」
申し訳なさそうに、悲しげに言う彼女に俺は目元が熱くなるのを感じた。
それを耐えるために顔を伏せる。
ギュッと、目を閉じた。
最悪だ、と思った。
「…ごめ「もう、謝らなくて良い。分かった。……もうここには来るな」
その言葉に、彼女は一瞬傷ついたような光を目に宿し、静かに俺の部屋を後にした。
パタンと渇いた音が部屋に響く。
あまりにあっけない終わりだった。
最後に見せた彼女の泣きそうな顔を思い出す。
彼女は引き留めて欲しかったんだろうか。でも、俺はそこまでお人好しでも強くもないのだ。
唇を噛み締めて手で顔を覆う。
俺はしばらくそんの場から動くことが出来なかった。
「ニャー…」
小さく、声が聞こえた。
視線をやれば足下に飼い猫のレオがちょこんと座りこちらを見上げていた。
──今はその姿を見るのが辛い。
レオは彼女と買い始めた猫だった。
「…ごめん、レオ出てってくれ。…一人になりたいんだ」
かすれた情けない声だった。
しかし、レオは理解したように黒いしっぽを揺らしながら部屋を出て行った。
──その後リビングに戻っても、レオの姿はなく、窓が少し開いていた。
そして、自分以外の存在が無い部屋に酷く喪失感を感じてまた一人気分が沈んだ。


雨は強くなるばかりで、その中を傘を差して歩いていた。
レオが居なくなって三日。
「レオー。レオ、何処だー!」
声を張り上げてレオを呼ぶ。
時たまこうして居なくなるレオは、それでもいつも一日空け、つまり次の日には窓辺に必ず帰ってきていた。
今回はこの激しい雨にさすがに心配になり俺は焦って部屋を飛び出していた。
公園を通り過ぎ様とした時だった。
──激しい雨の向こうに黒く小さな影が見えたのは。そしてそこからこちらに走ってくるさらし小さい黒。
「レオッ」
「ニャー!」
それは間違いなくレオだった。
駆け寄ってきたレオを抱き上げてレオが走ってきた方向を見ると女の子の小さい背中が見えた。
この大雨で傘も差さずずぶ濡れになった小さな背中。
それを見て、心配になったのも、見ていられないほど打ちひしがれている様に見えてしまったからだろう。
──迷わず、俺は声をかけた。
彼女は家は何処かと聞くと家なんかには帰らないと悲痛に声を上げた。
その顔が酷く、泣きそうに見えた。
「俺の家に来ると良い」
気がついたときにはもう、そう言っていた。


部屋のソファで湯上がりで頬を赤く染めながらダボダボした俺の服を着てちょこんと座るその存在に俺はもう後悔し始めていた。
──俺は何をやってるんだ。
たぶん、と言うか確実に高校生だろう。制服を着ていた。
と言うか俺、もしかして犯罪者?
うわー、うわー。それはまずい。非常にまずい。
ふと彼女を見るとうとうととして今にも夢の世界に飛び立とうとしていた。
──無防備すぎ。普通、初めて逢った男の家にのこのこ着いてくるか?
と言うか寝るとかありえねぇ。襲われても文句言えねぇぞ。
「何で家帰りたくねぇの?」
そう聞くと一気に覚醒したようにハッとこちらを見た彼女は辛そうに顔を歪めた。
「…猫の、暖かさに触れたから。
私の家は詰めたすぎて、静かすぎて、そんな日は家に帰りたくない」
そう言いながら、膝に顔を埋めた女に俺の胸はドクンと跳ねた。
思わず守ってやりたいと思った。
頭をかすめた思いに、その考えを首を振って否定する。
振られたばかりだと言って、こんな年下の女にトキメクとは何事だ。
また、彼女に視線を戻すと、彼女はジッとこちらを見つめていた。
「…私、ココにいても良い?」
「は…?」
彼女は俺の声を聞いて悲しそうに俯く。
それほど家にいたくないのか。
ココを気に入ってしまったのか。
しかし、諦めきれないようにチラリと視線を上げた彼女は震える声で続けた。
「泊まらせて…?」
「は!?」
まずいだろ!?それは何でも!一人暮らしの男の家に泊めてだと!?
驚愕の視線を向けると彼女は臆したように、身を縮めた。
そして小さく「少しで良いから、一人になりたくない…」と苦しそうに言うものだから俺は困った。
一人になりたくないと言うのだから、家には親は居ないのだろう。
俺は決まり切ったはずの答えに考えあぐねて、思わずたばこに手を伸ばした。
シュボッとライターの火を付け、たばこを吸う。
ひと息吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。
彼女を見ると、ジッとこちらを見据えている。
余程、家に帰るのがいやらしい。
このまま外に放り出したらそれこそ危ないところに行きそうだ。
それで何かあったら、俺も寝覚めが悪くなるだろう。
なんだかんだと頭の中で理由を付けもう一度彼女を見る。
変わらず彼女はそこにいた。
たばこの火を灰皿に押しつけて消す。
そしてゆっくりと言葉を吐き出した。
「俺は何もしてやらないからな」
そう言うと、一気に彼女は表情を明るくして、俺に勢いよく礼を言いながら頭を下げる。
視界に映ったその頭のつむじを見ながら俺は自分の選択に息を吐き出した。
面倒なことをしてしまったと。
しかし、同時に部屋の広さを感じず、あの何とも言えない喪失感をしばらくは感じないで居られることに酷く安堵した自分を感じて思ったより弱っていたことを知った。
そして同時に、きっと目の前の彼女との時間は少しずつでも自分を癒してくれる予感がし、また一つ軽くため息を落としたのだった。



Fin





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