おまけ
一瞬、何を言われたか理解できなかった。
今こいつは何て言った?俺の聞き間違いか?
違うこの耳で聞いた、確かにこいつの唇が動いてそう言ったのを聞いた。
『先生、ううん、原瀬芳崇さんの事が…好きです』
そう言った。
見たこともないような綺麗な笑顔で。本当に幸せそうに。
何でそんな顔をしてるんだ。まだ返事もしていないだろ。その顔は気持ちが通ったときにするべきだ。
何で今からそんな顔をしてる。
今まで俺に見せたこともない穏やかで優しい顔。
その顔は俺の返事を聞いてからするべきだ。どうして今。
きっと俺は唖然とした顔をしているだろう。
突然の言葉も、もう聞くことは叶わないと思っていたから。
こいつの気持ちなんか分かってた。隠すのがへただったし、直ぐに分かってた。
今までここにいて言われることはなかった。
だから俺に伝えようとするなら今日だと思って科学準備室で待ってたんだ。
こいつはそこには俺しか居ないのも、屋上にいないならそこにいることを知っていたから。
いるか分からない屋上よりも準備室に来ると思ってた。
でもいつまで経っても来る気配はなく。苛立ってせっかく止めたたばこが吸いたくなった。
だから、ここに来たんだ。
そしたら何でか知らないがずっとこいつはここにいて。
それで聞きたかった言葉を簡単に俺に言った。
でも、何でそんな表情をするんだ。
俺が見たいのはそんな顔じゃない。何でそんな風に言うんだ。
「何で笑ってる」
「え…」
不意を突かれたように声を漏らして、困ったような顔をした。
当然だ。
告白したのに、返事ではなくてそんなことを言われたんだから。
でも、今俺はどうしてもその表情が気になった。
どうしようもなく引っかかった。
一人で何処か行ってしまいそうな穏やかな顔。気にくわなかった。
「…何でって?」
「そのままだよ。何で今笑ってんだ」
そう言われて、鈴乃は少し顔を歪めた。
戸惑うように、言葉を詰まらせてこちらの意志を探るように視線を向けてくる。
その視線を真っ向から受け止めてやった。
そのまま見つめ合って、諦めたのは鈴乃だった。
「…せん、芳崇さんが好きだから」
「何で、幸せそうに笑ってんだ?」
「好きになれて幸せだったから」
「何、過去形なわけ」
幸せだったからって何だよ。マジで過去形?返事も聞いてないのに?
告白は好きです、でも幸せだった?何それ。
鈴乃目の前まで歩いてその顔を見下ろす。
その俺の顔を見上げて少し鈴乃は苦しそうに笑った。
「…今は少し苦しいかも」
そんな顔させたい訳じゃない。
何で無理に笑ってんだよ。
「じゃぁ、何で笑うんだよ」
「先生好きになれて幸せだったよって伝えたかったから」
呼び方が先生に戻った。それに少し顔を顰める。
でも続いた言葉に舌打ちしたい気分になった。伝えたかったてなんだよ。自己完結?
「あと、最後くらい綺麗にで先生の中に残ればいいなって思って」
だから何、本当に自己完結で俺の気持ちなんか考えて無いのな。
俺が振るって決めつけてんの?
お前が俺の生徒じゃなくなる今日をどれだけ待ってたと思ってんだよ。
「馬鹿じゃねぇの」
「っ!」
一瞬の内に鈴乃の顔が泣きそうな顔に変わった。
でも、泣かない。きっと頑張ってる。
「俺の気持ちも聞かないで何で勝手に最後とか言ってんの」
「え…」
今度は目を丸く見開いて俺を見上げる。
ホント馬鹿。勘違いして先走りして、勝手に終わらせて。
最悪。でも
「俺、終わらす気無いんだけど」
「せんせ…?」
少しの期待を隠しきれない様子で見上げてくる鈴乃に苦笑いする。
呼び方がまた先生に戻っている。
俺はもう先生じゃない。
「先生じゃ無いだろ。名前で呼べ鈴乃」
「…芳、崇?」
「おう」
頭に手を置いて撫でてやる。艶の良い、今時珍しい黒い髪。
それを見ながら何気なく言い放った。
「取りあえず携帯のアドレス交換すっか」
「う、うん!」
素直に返事を返してきた鈴乃に薄く笑ってやる。
顔を見れば満面の笑み。
断然、さっきの笑顔よりも綺麗な顔だった。