臣下の苦悩


執務室に戻ってきたクリストファーの酷く不愉快そうな顔を見て重たく息を吐き出した。
まだ年若いその男は、実際の年齢よりも老けて…──よく言えば、大人びて見える様な酷く疲れた顔をしていた。
その男──…クリストファーの臣下であるトルトンは再度クリストファーを見て、深く息をついた。
それを見てクリストファーは不愉快そうに眉を顰める。
トルトンは気落ちしていた。
今日はもう何度目かになるかも分からないこの第一王子の他国の姫君との見合いの日だった。
その結果はクリストファーの顔を見れば一目瞭然。
この聡明な王子は、酷く真面目でしかしどうしようもないほど困った人物だった。
この国を強く想い、王位にまだ就かぬうちから執務や会議に参加していた。しかし真面目な面を持ちながらもそれ故の頑固さと何故か脱走癖を持っていると言う、何とも自由なと言うか迷惑な方なのだ。

幼少期から共に過ごしてきたが昔から苦労させられた。
その行動もさながら、真面目故の頑固さにも。
クリストファーはもう20を過ぎて、今年22になる。
なのに妃はおろか婚約者さえ居らず、周りは頭を悩ませるばかりだ。
あいにく、見た目麗しいこの王子に見合いの話は多い。
しかし、その結果と言えば必ず相手国側から断りが来るのだ。
チラッと相変わらず仏頂面なこの王子を見ると、諦めたように息を吐き出した。
──全く呆れる。救いようがない。

一度見合いの席に同席したことがあった。
『クリストファー、入ってきなさい』
王の声で、クリストファーに付き添っていたトルトンもその後に続き入室し、その時相手方の姫君の顔が王子を見て輝いたが一瞬のうちにして強張ったのを見て、首を傾げると王子へと視線を移した。
そして、トルトンはピクピクと顔を引きつらせた。
クリストファーは、この直前、城を抜け出してトルトンのお説教を食らったばかりだった。
さらに、彼はこのお見合いに全くと言って良いほど乗り気ではない。
おそらく本人は失礼にならないよう、不機嫌な顔にならないようにしているのだろう。
だがむしろそれが、悪い方へ効果を出し彼を無表情にしていた。
下手に顔が良いぶん、その無表情さは迫力があり人形のようで、酷く冷たい印象を植え付けられる。
はっきり言って怖い。
気を許した人間にはそうでもないが、普段は無口なクリストファーが進んで話を振るわけはなく、お互いの自己紹介の後、応接間には沈黙が漂った。
それに焦ったのは我等が王だ。何しろ原因は自分の息子なのだから焦りもするだろう。
『お、王女には何かご趣味はお有りか?』
それにこれ幸いと飛びついたのは相手方の王だ。王女もほっと息を吐き出した。
『えぇ!もちろん!我が娘は、手の器用な娘でしてなぁ』
『ほぉ?』
『は、はい。…読書や、編み物が好きですわ』
控えめで、大人しい少女だ。少々頬を赤らめつつ、続けて口を開いた。
『クリストファー様は、何がご趣味ですの?』
トルトンはその様子に好感を覚えて目を細めた。
──優しそうで穏やかな少女だ。
トルトンは密かに期待を抱いてクリストファーに視線を向けた。
『特にない』
即答だった。
トルトンはクリストファーが会話を繋ぐ気が全く無いことを感じ取って目をつぶった。
─あぁ、ダメだ…。
『そ、そうなのですか』
案の定その場にまたしても沈黙が流れた。
それを破ったのは意外にも王女だった。
『…普段は何をなさっているのですか?』
『執務と読書』
あぁ、もう言葉も出ない。
誰もが口をつぐんだ。
しかし、王女はめげなかった。
『ど、読書はどんな本を読まれますの?』
『国政においての重要点、兵法戦術』
王女は言葉を詰まらせた後、疲れたように言った。
『そ、そうですの』
『あぁ、あと上手くいく国政経済』
その言葉にもはや、口を開こうとする者はしばらくいなかった。

その後だ。
王は王女にレオナルドを紹介した。
これは信じられないほど上手くいき、王女とレオナルドは穏やかな雰囲気で談笑を終えた。
本来ならクリストファーとの会談でこうなるべき結果だ。
このとき心底トルトンはクリストファーにレオナルドの愛想の半分、いや、1/4でも分けて貰って欲しいと切実に思ったのだった。
─思い出してトルトンは息を吐き出す。
それからも何回も見合いをしたが、その度に相手国側から断られ続けている。
その理由は毎回同じようなもだった。

ムスッとした顔で執務を始めたクリストファーは毎回見合いの終わった後はこんな顔をしている。
トルトンも、自らの机に座ると溜まった書類に手を付け始めた。
クリストファーには内密に計画している事がある。
国中の年頃の未婚女性を招待して夜会を開いてクリストファーの結婚相手を探そうと言うものだ。
この際、身分は関係ない。クリストファーが少しでも興味を持った女性を相手に選んでしまおうという魂胆だ。
このままだと本当に生涯を独身で過ごすとか言い出しそうで怖い。
心配はないだろうが、レオナルドにも参加して貰おうと思っている。
そこでフッと顔を上げたトルトンは目を見開いた。
ひらひらとカーテンが風に舞う。
──そこにクリストファーの姿は無かった。
トルトンはガタッと席を立つとガッと開いた窓に掴みかかりそこから身を乗り出した。
外に、その窓の下には案の定去ろうとするクリストファーの背中がありトルトンは目眩を覚えた。
「こらっ、クリス───ッ!! 何処行く気だっ!?」
叫べば、クリストファーの方がビクッと震えたと思ったら、その途端に走り出した。
その様にまた怒鳴ろうとして、やめた。
それがもう無駄なのは分かっている。
自分が素で叫んだのを思い出して、本日何度目かのため息をはき出した。

どうか、どうか夜会でクリスの気に入る女性がいますように。
そして、願わくばその人はクリスを押さえられる様な女性でありますように。
願望に近いその願いをトルトンは本気で願ったのだった。



Fin





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