昼時の空の色


空が青い。
真っ白な空が、ふわふわ風に乗って動いていく。
あ、あの雲高木の顔に似てるな。
ちなみに、高木というのはこの高校に入ってから出来た悪友だ。
いつも何か含みを持たせたようにニヒルに笑う腹黒だ。
ほら、あの微妙な口角の吊り上げ具合がそっくりなんだよ、あの雲。
俺に文才が無くて上手く説明できないのが残念なくらいにてる。
あ、崩れた。
少し強い風が吹いて、雲の形がぐにゃりと歪んだ。
不細工になったな高木。
本人にこんな事言ったらきっと俺はあいつに笑顔のまま蹴飛ばされるだろう。
あいつは筋肉が無くてひ弱な分、足を使う。
しかも躊躇なく急所を狙ってくるから恐ろしい。
俺は一度あいつを本気で怒らせて一発でヤられた。情けない話本気で使い物にならなくなるかと思った。
ところで、俺は今屋上にいる。
さっきチャイムの音が聞こえたから今頃俺のクラスは古典の授業を睡魔と戦いながら受けているのだろう。
もちろんそこには俺の悪友達も含まれる。
優越感を感じて気分が良くなった。
なんせ、俺は優々と暖かい日差しの中昼寝に興じているのだから。
眠気を誘う中、皆が勉強に励んでいるのに自分一人がのんびりと寝ていると言う状況は随分心地が良い。
しかし、ここで腹を満たせる食べ物があったらさらに最高だ。腹が空きすぎて動く気にもならない。
フッと顔に影が出来て、視界いっぱいに映っていた青空が遮られる。
代わりに映ったそれは、それはそれである種の欲求を満たしてくれるものだった。
思わず声を漏らす。
「……青と白のストライプ…」
男の条件反射と言うべきか、それを思わずジッと凝視してしまう。
しかし、上から振ってきた声に意識を引き戻される。
「深木、お前はここで何をしてる」
その声は俺のクラスの委員長の声だった。
言葉遣いと見た目が合わない存在感の強い中々目を引く女の子だ。
ちなみに深木は俺の名字だ。
しかし、何をしているかという問いだが見て分かると思うのだが。
あえて聞いているのだろう。
素直にサボりだと言うのも気が引ける。
相手は委員長だし。
それに俺だって本当は好きでサボっている訳ではないのだ。
「…空を見てるな。高木の顔に似ている雲を見つけたもんだから」
「高木…?」
委員長は俺の頭の横に立ったまま空を見上げた。
分からないのだろう、雲はもう歪んでどちらかというと金魚っぽくなっている。
しかし、この子は気がついていないのだろうか。
悲しき男の性か、俺の視線は彼女のスカートの中に注がれたままである。
絶景だ。
このまま見ていたいもするが、それは賢明な判断ではない。
「…なぁ、町本」
ちなみに町本とは委員長のことだ。
「何だ深木。高木似の雲はまだ見つけてない」
どうやら真剣に高木似の雲を探しているようだ。
今高木似の雲は金魚だ。見つからないと思うぞ。見つけたいなら金魚を探すんだ。
ってそうじゃなく。
「あのさ、気がついてないのか?」
「…何に?」
気がついていないようだ。
いや、気がついていたら直ぐにどけるか。
「…そこに立ってたら俺にパンツ丸見えだけど」
さぁ、どういう反応が返ってくるのか。
恐ろしくもあるが反面楽しみでもある。
顔を真っ赤にしてスカートを押さえて後ずさるか。
悲鳴を上げるか。
もしくはこの位置だと足で蹴飛ばされるか。
…ここなら、顔を踏みつぶされるかもしれない。
どちらにしろ、いつも飄々としている委員長が狼狽える姿を想像するのは楽しい。
しかし、町本の反応は予想とは全く違った。
「ん?あ、気がつかなかった。今退く」
町本はあっさりとそう言うと俺の横に腰を下ろして座った。思わずさっきよりも近くなった顔をポカンとした顔で見上げた。
…。
…え?
いやいやいや!それだけ?え、それだけ?
もっとなんか反応とかするもんじゃないのか!?
「…それだけ?」
思わず言えば不思議そうな顔をされた。
え、何その反応。
俺は口をもごもごさせて声を漏らした。
「青と白のストライプ…」
言ってしまった。
町本はますます分からないと言うように顔を傾げたが途中何の事か気がついたのか「あぁ」と納得するように声を漏らした。
「下着のことか。それがどうした?」
それがどうしたと聞かれると、どうもしないのだが。
しいて言うならその柄と町本のイメージが違うことぐらいだ。
ってちがう。
「…もっと何か反応とか…」
「反応?」
首を傾げながら聞き返された。
何だ、なにやら俺の方が恥ずかしくなってきたぞ。
ここを恥じらうべきは町本だろう。
と言うか俺はこんなこと言ってどうしたいんだ。
──なんというか、ここまで反応がないと虚しいと言うか。男として。
俺の微妙な顔を見て、思い当たったらしい町本は何ともないように口にした。
「恥じらえと言うことか?」
……。
何か、俺。ものすごく気まずくなってきたんですが。否、最初から気まずかった。
「…まぁ、そんな感じ」
町本はそう言う俺の答えを聞いて首を傾げた。
「下着ごときで何を恥じらう必要があるんだ?」
その問いに思わず唖然とする。
何故かって?
あまりに当たり前だというように言われたからさ。
え、感覚おかしいのって俺じゃないよね?
「いやいやいやいや!ごときってことないだろう!」
勢いづいてそう言うと町方はさも不思議だというように首を傾げる。
「何だ?大体何を恥じらう必要がある?
 下着は水着と大して替わらないだろう?
 アレだって隠せている面積で言えば下着よりも随分狭いし、水着が大丈夫で下着が恥ずかしいというのはおかしい。
 なのに布きれ一枚見られたぐらいでガタガタ騒ぐ必要は無いと思うんだが」
「いや、それって女として間違ってる…」
町本の言い分を聞いて思わずゲッソリと脱力した。
絶対に、思春期女子としてその反応と考え方は間違ってるだろう。
どうしたらそんな考えになるんだ。
普通、女の子は下着を見られたら騒ぐべきだ。
「そんなことを言われても困る」
それもそうだ。
町本はきっと今までそう過ごしてきたんだろう。
その経緯が気にならないでもない。
町本の容姿は、繊細でとても整っている。まぁだから口を開かれるとそのギャップに驚かされるのだが。
きっと、好きな子は虐めちゃう的な幼稚な奴がスカートめくりなんかをやらかしてそのネタでからかわれたりしたりとかしたんじゃないだろうか。
その時どういう反応を返されたのか考えると、ちょっとかわいそうでもある。
あと、痴漢なんかをやらかした中年オヤジへの対応とか。
いったいどう言う対応をしたのか。
少々心配だ。
何てどうでも良いことをつらつら考えていたら不意に腹がグゥーと鳴った。
もちろん、俺の。
「…。」
「…。」
町本がジッと俺の顔を見下ろす。
…しょうがないだろ。
昼飯ほんのちょっとも食ってないんだよ。
あぁ、そうさ!
運悪く財布忘れたんだよ!
今の俺は一文無しさ…。
悪友どもも俺に何かを恵むなんて事は一切無い。
…いいさ、分かってるよ。そう言う奴らだって!
俺があいつらだったら、俺だってやんねぇもん!
「腹、減ってるのか?」
「減ってるさ!!」
あ、やべ。
つい頭の中と同じ勢いで返してしまった。
案の定町本は、ひどく驚いた顔をした後「そんなに腹減ってるのか…」と少し同情したように眉を下げた。
その顔は随分可愛らしい。
そしてその後町本は俺に背を向けてなにやらゴソゴソし始めた。
ん?ゴソゴソ?
少し興味を引かれてジッとみていると俺の前にある物が差し出された。
思わずがばっと起き上がってそれを凝視しする。
「…それは」
「深木にやる。私は食べないから」
そう言いはなった町本に思わず感激して抱きつく。
町本の手からポロッとそれ─…メロンパンが落ちたがそれどころではない。
俺は今感激してるんだ。
人の優しさは身にしみる。
何て親切なんだ町本!
町本はあまりの事態に硬直しているが知るもんか!
俺は今ありったけの感謝の気持ちを伝えたいんだ!
言っておくが決して下心なんて無いぞ。…多分。
「町本、ありがとう!お前は俺の救世主だ!」
きっと俺の人生で感激したことトップ5に入るだろう。
それぐらい俺は極限に腹が減っていたのだ!
一方町本は俺の声でやっと意識が戻ったのかハッとして押し返そうとし始めた。
しかし、俺は離さない。逆に力を入れてみた。
その慌て様は中々可愛かった。
しかし、いい加減離さなければならないが、腕の中にある温もりとか、ふんわりと香る匂いとか、柔らかい抱き心地とかもう最高で手放しがたかった。
すみません。やっぱり下心満載でした。
パンツを見られても恥ずかしくない町本でもさすがにこれは駄目だろう。
なんと言っても立派なセクハラだ。喜びに見せかけた。
もちろん俺だってその辺はちゃんと理解していることを主張しておく。
平手がお見舞いされても文句が言えない状況だ。
むしろこれでも平然としていたなら、町本は危ないだろう。
電車の痴漢達の格好の標的になってしまう。
しかし、予想外の言葉が返ってきて俺は硬直した。
「は、離せ!深木!ドキドキするじゃないか、い、いい加減心臓がおかしくなる!!」
…は?
え、あの?
ま、町本さん…?
町本は硬直して動けなくなった俺の力が緩んだのを確認して、そっと離れたが、完全に離れようとせず未だ俺の中にいるままふうっと息を吐き出した。
どうやらぴったりとなっていたのが耐えられなかったらしい。
って、いやいやいや。
反応おかしくね?
そこはセクハラだ!離せー!!っていって突き飛ばすところだよ、町本!
「い、いきなり抱きしめたりしたら恥ずかしいじゃないか…」
いやいやいやいや!!
え、何?この展開なに!? 誰か説明してッ!
何で頬を赤らめてちょっと潤んだ目で上目遣いとかしちゃってんだよ!?
何でもじもじしてるんだ、町本!!
「…ま、町本?」
声を掛けたら、町本はグッと顔を上げた。
でも視線が行ったり来たりして彷徨わせたかと思ったら、不意に覚悟を決めたように俺の目を見据えた。
そう、見つめたじゃなく、見据えた。それが妙に怖いのは気のせいか…?
「わ、私は深木が好きだ!!」
何ぃ─────っ!!!!?
いったいどこからそう言う話に!!?
いや、と言うより俺を!?
町本が!?
「ここにだって、高木が深木が腹を空かして寝ていると言うから…」
どうやら、計画犯だったらしい。
何だ、高木。お前もグルか。何のどっきりだ。
いや、どっきりでは無いんだろうけど。
どうやら俺を送り出した笑顔の含みは今回は本当だったようだ。
「今年、同じクラスになったときから気になりだして…」
町本はどうやら四月から見ていたという。
何だと、全然気がつかなかった。
と言うか高木が協力してたなら、あいつは町本に相談されてたと?
「…目が合ったら嬉しくて、ちょっと話せたらその日一日は幸せだったんだ」
──どうやら町本は普段のその性格とは違って恋愛に関して随分と乙女だったようだ。
その台詞は何処かの少女漫画に出てきそうでびっくりした。
実はその雰囲気からは想像できないがファーストキスとかに夢を持ってたりもするのかもしれない。
「─こ、告白する気なんて無かったんだからな!お前が抱きしめたりなんかするから悪いんだぞ…」
黙り込んでいる俺に不安になってきたのか、町本はちょっと泣きそうになりながらそう言った。
その顔は可愛……悲しみに染まり始めていた。
これは何か話さないといけない雰囲気だ。
黙り込んでいたらそれこそ泣き出しそうだった。
実は泣き虫らしい。
「町─」
「深木!! お前、私の下着を見て、しかもわ、私を抱きしめた責任をとって私と付き合え!」
…わーお。
俺の声を遮って、叫ぶように言った町本はそのまま俯いてしまった。
どうやら告白したことを後悔しだしたらしい町本は強硬手段に出ることにしたらしい。
しかし、お前さっき下着に関してはどうでも良いようなこと言ってなかったか?
その矛盾に気がついていないのか、それともあえて言っているのか。
どちらにしろそれほど切羽詰まっていると言うことだろう。
町本を見れば密かに肩が震えている。
それは何処かいつもと違って子動物のようで、保護欲をそそられた。
「町本」
そっと、手を伸ばして抱きしめる。
そのときピクッと肩が震えたが気にしない。
さっきの狼狽えぶりとは違い、町本のあたふたする様子を見てたらこっちは逆に落ち着いてきていた。
また抱きしめられたことに驚いたのか狼狽えたような声が耳元で響いた。それを遮るように声を出す。
「…み」
「分かった、付き合うか」
そう言うと息を飲む音が聞こえて、それからあたふたし出すのが分かった。
おかしくてつい吹き出すと今度は怒ったような声が響く。
「何を笑ってる!ほ、本当だろうな!!」
最後は声が密かに震えていた。
ここで嘘と言われたのかどうする気なのか。
きっと泣き出す気がする。
そんなことはしないが。
「もちろん」
そう言えば、今度こそ安心したように強張っていた身体から力が抜けた。
取りあえずあまり感じなくなった空腹感が戻ってくるまでは腕の中の温もりを堪能することにして。
このいろいろギャップの激しい可愛い子とのこれからを想像する。
いろいろドキドキさせられそうだが、飽きる事はなさそうだ。
空には元高木似の金魚雲がフワフワ浮かんでいるし、いつもとちょっと違ったそれでもなんだかいろいろ幸せな午後だった。

ただ、下着の認識に対しては早急に何とかしよう思ったのと、
あと町本の協力者だったらしい悪友には感謝の言葉と一緒に一発殴ってやることを青空の下で決意した。



あ、そう言えば町本の名前って何だったっけ……?
そう密かに思ったことは誰にも言わない。
取りあえず本人に聞くと案外泣き虫らしい彼女は泣き出しそうなので、高木から聞き出しておこうと決意したのは秘密だ。



Fin





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